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縁界《ENKAI》|人を残した魔神は、壊れた縁を選ぶ  作者: 玲皇


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第17話:静かな場所

湿った空気が、ゆっくりと流れている。


ぽた……ぽた……


水の落ちる音だけが、洞窟に響く。


ラグナードは、壁にもたれて座っていた。


息は、落ち着いている。


さっきまでの苦しさが、嘘みたいに消えていた。


(……静かだ……)


何も来ない。


何も襲ってこない。


それだけで——違和感があった。


「……寝ないの?」


ふいに、声。


アズレリアは、少し離れた場所に立っていた。


壁にも寄らず、ただ立っている。


「……寝れるのか……?」


正直な言葉だった。


アズレリアは、わずかに首を傾ける。


「寝たければ寝ればいいでしょ」


「……襲われないのか……?」


間。


ほんの少しの沈黙。


「ここは、見つかりにくいだけ。安全じゃない」


あっさりとした返答。


ラグナードは、小さく息を吐く。


(……やっぱりか……)


完全に安心できる場所なんて、ない。


それが当たり前だった。


それでも——


「……でも、さっきよりはマシだな……」


ぽつりと、こぼす。


アズレリアは、何も言わない。


ただ、視線だけを向けている。


その視線に、少しだけ慣れてきている自分に気づく。


(……見られてるのに……怖くない……)


不思議だった。


ラグナードは、ゆっくりと手を開く。


指先が、わずかに震える。


(……あの炎……)


まだ、残っている気がした。


胸の奥。


ドクン。


小さく、脈打つ。


(……なんなんだ、これ……)


消えない。


むしろ——


さっきよりも、はっきりしている。


「……気になる?」


声が、落ちる。


ラグナードは、顔を上げた。


アズレリアが見ている。


「……ああ」


短く答える。


「……消えない」


正直に言う。


アズレリアは、少しだけ視線を細めた。


「消えないでしょうね」


それだけ。


理由は言わない。


説明もない。


ラグナードは、それ以上聞かなかった。


聞いても、全部は分からない。


そんな気がした。


沈黙が落ちる。


だが——


さっきまでとは違う。


重くない。


ただ、静かだった。


ぽた……ぽた……


水の音。


ゆっくりと、時間が流れる。


ラグナードは、視線を落としたまま呟く。


「……なあ」


「なに」


「……なんで、俺を助けた」


間。


少しだけ、長い沈黙。


アズレリアは、すぐには答えなかった。


考えているのか。


それとも——


「……別に」


短い返答。


感情は、ない。


「そこにいたから」


それだけだった。


ラグナードは、少しだけ息を詰める。


(……そんなもんか……)


納得は、できない。


でも——


否定も、できなかった。


この世界は、そういう場所だ。


理由なんて、ない。


それでも——


「……ありがとな」


小さく、言った。


アズレリアは、何も返さない。


ただ、わずかに視線を逸らした。


それが、何を意味するのかは分からない。


でも——


完全な無反応ではなかった。


ラグナードは、少しだけ目を閉じる。


体が、重い。


意識が、ゆっくりと沈んでいく。


(……寝れるかも……)


そう思った、その時。


ドクン。


強く、脈打つ。


胸の奥。


さっきよりも、はっきりと。


「……っ」


目が開く。


息が、浅くなる。


(……増えてる……?)


違う。


“近い”。


何かが——


近づいている。


アズレリアも、顔を上げた。


「……感じた?」


ラグナードは、無言で頷く。


静寂が、張りつめる。


さっきまでの“静かな場所”が、


ゆっくりと崩れていく。


「……ここ、長くはいられないわね」


アズレリアが、静かに言う。


ラグナードは、立ち上がる。


さっきよりも、体が軽い。


だが——


胸の奥の“それ”は、


確実に強くなっている。


(……これ……力なのか……?)


それとも——


別の何かか。


答えは、まだない。


ただひとつ分かるのは——


もう、“元の自分”には戻れないということだった。

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