第13話:異質
「そこは、安全じゃなかった」
暗闇に、落ちた。
音が、消える。
さっきまで確かにあったはずの気配が——
一つも、ない。
「……はぁ……はぁ……」
呼吸だけが、やけに大きく響く。
右腕は、ぶら下がっているだけだった。
感覚はない。
だが——痛みだけが、遅れて全身に広がっていく。
「……っ……」
壁に、身体を預ける。
冷たい。
湿っている。
外とは違う。
空気が、違う。
(……なんだ……ここ……)
静かすぎる。
さっきまでの“死”が嘘みたいに——
何もない。
それが、逆におかしい。
「……少しだけ……」
息を整えようとする。
だが——
ゾワッ。
背筋が、粟立つ。
何かがいる。
理解より先に、体が反応する。
「……っ……」
振り向く。
暗闇。
何も見えない。
だが——
“いる”。
気配じゃない。
もっと、重い何か。
空気そのものが、押し潰してくる。
呼吸が、浅くなる。
胸が、締めつけられる。
(……なんだ……これ……)
足が、震える。
立てない。
逃げないといけない。
分かっているのに——
体が、動かない。
(……触れたら……死ぬ……)
確信だけが、浮かぶ。
理由は分からない。
だが——間違いない。
本能が、そう言っている。
「……っ……」
後ずさる。
一歩。
また一歩。
だが——
圧は、変わらない。
距離の問題じゃない。
そこに“ある”だけで、押し潰される。
(……なんなんだよ……)
喉が、震える。
声が、出ない。
逃げる。
それしかない。
体を引きずる。
右腕が、地面を擦る。
激痛。
それでも——
進む。
一センチ。
また一センチ。
時間の感覚が、消える。
ただ——
(……終わりたくない……)
その一心で、動く。
やがて——
微かな光が、見えた。
(……出口……)
視界の先。
ほんのわずかに、明るい。
(……出れる……)
足に、力が入る。
一歩。
また一歩。
背後の“何か”から、逃げるように——
前へ。
そして——
外へ、転がり出た。
「……はぁ……っ……」
空気が、変わる。
重さが、消える。
呼吸が、戻る。
だが——
目の前に広がっていたのは——
森じゃなかった。
赤い空。
乾いた大地。
灰色のガスが、漂っている。
「……なんだ……ここ……」
見たことのない世界。
さっきまでいた場所と、明らかに違う。
息が、浅くなる。
その奥で——
黒い“もや”が、揺れていた。
ラグナードは、わずかに目を細める。
(……ここにも……いるのか……?)
背後。
洞窟の奥。
振り返らない。
振り返れば——
“あれ”と、目が合う気がした。
——ここは、本当に同じ世界なのか。




