第11話:見つかったら、終わりだと思った
「……一度、森の奥に戻るべきか……」
ラグナードは、足を止めた。
だが——視線の先から、目を離せなかった。
魔神城の前。
そこは——地獄だった。
無数の魔物。
巨大な魔神。
見たこともない異形。
すべてが、互いを喰らい合っている。
血が舞う。
肉が裂ける。
叫びが空を引き裂く。
(……なんだよ、これ……)
息が浅くなる。
魔神は、単独で動くはずだった。
出会えば、どちらかが死ぬ。それだけだった。
なのに今は——
集まり、争い、奪い合っている。
(……おかしい……)
喉が、ひきつる。
(……こんなの……見たことない……)
そのとき——
違和感が走る。
(……違う)
脳裏に浮かぶ。
泉の前で見た、三体の魔神。
壊れた言葉。
焦り。
怒り。
——逃げていた。
(……あいつら……)
喉が、わずかに動く。
(……ここから……逃げてきたのか……?)
視線を、城へ戻す。
喰い合い。
叫び。
破壊。
(……だから……)
背筋が、冷える。
(……あれから……逃げた……?)
ありえないはずの結論。
だが——他に、説明がつかない。
(……あの魔神ですら……)
一歩、足が下がる。
その瞬間——
ガサッ……
背後で音がした。
「しまっ——!」
振り向く。
同時に——
ズンッ。
右腕に、衝撃。
感覚が、消える。
ゆっくりと視線を上げる。
そこにいたのは——
“赤き魔物”。
ラグナードの五倍はある巨体。
細く裂けた目。
口から垂れるよだれ。
異様に長い腕。
その先にある、鋭い爪。
(……でかい……)
一歩、下がる。
また一歩。
逃げ場が、ない。
木はある。
だが登れば終わる。
空には、飛ぶ魔物。
(……詰んでる……)
理解した瞬間——
バキッ。
すぐ近くで、音がした。
視線が、勝手に向く。
小さな魔物が——
潰された。
抵抗もできずに。
ただ、“そこにいたから”。
喰われた。
(……ああ……)
息が止まる。
(……こうなる)
自分の未来が、そこにあった。
(……見つかった時点で……終わりだ)
そのとき。
バリバリバリッ!!
空が、光った。
赤き魔物の視線が逸れる。
——今だ。
ラグナードは地面を蹴った。
走る。
ただ、生きるために。
後ろは見ない。
(見れば——終わる)
息が切れる。
足が悲鳴を上げる。
それでも止まらない。
どれだけ走ったか分からない。
気づけば——気配は消えていた。
「はぁ……はぁ……」
木に登る。
枝の隙間から、魔神城を見る。
空には、雷のような光。
地面には、焼け焦げた死体。
そしてまた——争いが始まる。
(……終わってる……)
(……あんな場所に……)
言葉が、続かない。
(……行けるわけがない)
ズキッ……
右腕が痛む。
血の匂いは、呼ぶ。
次の“死”を。
ラグナードは目を閉じる。
(……一人じゃ……無理だ……)
その言葉が、喉で止まる。
——違う。
一瞬だけ、浮かぶ。
壊れた言葉。
「……仲間……」
(……っ)
すぐに、否定する。
(……無理だ)
あそこに行けば、終わる。
見てしまった。
理解してしまった。
それでも——
(……生きる)
目を開ける。
(……奥に戻る)
森の奥。
あいつらがいた場所。
(……あそこなら……まだマシだ)
拳を握る。
(……終わりたくない)
ゆっくりと、木から降りる。
そして——
森の奥へ向かって歩き出した。
そのとき。
わずかに。
背後の空気が、揺れた。




