第10話:静かすぎる森
ラグナードは、歩いていた。
止まれば、戻ってしまいそうだった。
足は、勝手に前へ出る。
考える前に——進んでいた。
森は、静かだった。
だが——違う。
いつもの静けさじゃない。
音が、少ない。
風は吹いているのに、葉はほとんど揺れない。
生き物の気配が、ない。
(……いない……?)
視線を巡らせる。
いつもなら、どこかにいるはずの魔物。
気配すら、感じない。
(……なんで……)
足を止める。
嫌な予感が、胸を締める。
だが——
振り返らない。
振り返れば、終わる気がした。
ラグナードは、再び歩き出す。
踏みしめた地面が、わずかに沈む。
違和感。
視線を落とす。
黒ずんだ跡。
土が、抉れている。
何かが——引きずられた跡。
(……これ……)
しゃがみ込む。
指先で、触れる。
乾いている。
だが——
微かに、匂いが残っている。
鉄のような、重い匂い。
(……血……)
息が、浅くなる。
視線を上げる。
点々と続いている。
奥へ。
森の、さらに奥へ。
喉が、鳴る。
だが——
足は、止まらない。
進む。
一歩。
また一歩。
そのとき——
ドン……ッ
遠くで、何かが落ちたような音。
足が止まる。
耳を澄ます。
……。
何も、聞こえない。
だが——
確かに、今。
(……なんだ……?)
風が、止まる。
空気が、重くなる。
バリ……ッ
今度は、はっきりと。
何かが、裂ける音。
遠い。
だが、確実に——
前から聞こえる。
(……あっち……)
視線が、引かれる。
無意識に。
足が、動く。
近づいている。
分かっている。
戻れなくなる。
それでも——
止まらない。
木々の隙間。
わずかに、空が見える。
暗い。
だが、揺れている。
光が、走る。
一瞬だけ、空が裂けたように光る。
(……なんだよ……それ……)
心臓が、強く打つ。
嫌な予感が、膨らむ。
だが——
目が、離せない。
さらに、一歩。
木々が、途切れる。
視界が、開ける。
ラグナードは——
足を止めた。




