出会い
「どこのマルキオンニだ? インチキ言ったら承知しないぞ」
なんて暗闇の中の声が言うんだ。
ちょっと怒っているようだった。
「機織りのマルキオンニさんだよ。ダイヤモンドストリート沿いの。僕はその人の靴磨きをしていたんだ」
僕はなるべく怯えていることを隠しながらそういった。
なんせ相手は年上だ。
なるべく怒らせないようにしなくっちゃ。
「おい、こいつ確か、馬車に乗り換えるまで、いなかったよな?」
正面のやつが言った。
もう少しで何かを思い出せそうだったんだ。
でもそれは邪魔された。
正面のやつの声に何人かが賛同してきたんだな。
どうせ、遠くのやつらに僕の顔を見ることなんかできないのに。
僕は慌ててここまでの経緯を説明した。
言わなくてもよかったんだけど、荷台に乗っている人の中では、僕が一番年下なように思えてきたんだ。
本当は、それには何の根拠もなかったんだけど。
暗闇の中だもの、そんな気分になっていたのさ。
「要するにおまえは、自分が優遇されていたっていいたんだな?」
暗闇の声がそういうんだ。
僕はどう弁解しようか迷った。
集団ってのは、決まって仲間はずれを作りたがるものなんだよ。
「それはないと思うよ。だって、僕も現にここに押し込められてしまったんだし。優遇なんて決してされてない。それよりさ。ここからどこに向かうんだい? 僕はもう随分前からお尻の感覚がなくなっているんだよ」
僕は努めて明るくそういいながら話題を変えようとした。
「僕、なんていってやがる」
なんて正面のやつが言うんだな。
僕はそれで、ちょっとしたミスを犯しことに気付いたんだ。
少なくとも荷台に乗っているやつらの中では、僕ってのを使うのは、僕くらいだってことを。
でももう、言ってしまったものは仕方ない。
「そんなこと、どっちでもいいじゃないか。それより、僕はここまでの経緯を話したんだ。だから、誰でもいいからこの馬車がどこに向かっているのかと、あと何時間くらいで目的地に着くのかを教えておくれ」
そう言った時だった。
馬車が揺れ、始めに話しかけたやつの体が僕の体に寄りかかってきた。
そいつの体はびっくりするほど重くなっていたね。
なんせ、何にも力が入っていないんだもの。
僕が押し戻そうとしてもびくともしないんだ。
「誰か、この人をここから落とすのを手伝ってくれないか」
僕はそう提案せずにはいられなかった。
僕は荷台の一番端に坐っていたんだけど、動かないそいつを馬車から落とせば、大分広くなると思ったんだ。
それに、よくわからないけど、そいつがもう一度動き出すには、馬車から落としてやるのが一番いいと思ったんだな。
嘘じゃないよ、これは断じて。
「それなら、おれが足を押してやるよ」
なんて声が聞こえてきた。
やっぱりわかってくれる人はいるもんだね。
といってもその声の主は、やっぱり動かないやつの隣にいたやつで、要するに唇を掻いていた僕と同じような状況だったんだ。
「じゃあ、取り敢えず僕は、脇を抱えて引っ張ってみる。それより、君の名前は?」
僕は動かないやつの体を折り曲げながらそう訊いた。
「ユダだ。ここの前は、ちょっとした似顔絵書きだったんだぜ?おまえは?」
ユダは動かないやつの足を折り曲げて横に倒した。
「僕は今、スミシーって名乗ってる。じゃあ行くよ。ユダ」
僕はどうにか動かないやつの脇に手を入れることに成功していた。
そして振動で体が浮かび上がるたびに少しずつ、少しずつ引いていったんだ。




