出会い
馬車はそれまでと同じで荷台が閉ざされていたから、僕はそいつの顔すら満足に拝めなかった。
それにその頃には大分体力を消耗していた。
何せ、既に僕は、幾つ夜が訪れ、幾つ朝が去っていったのかも忘れていたんだから。
でもね。
実際には僕はまだマシな方だったんだ。
僕は、そいつに
「後どれくらいで着くんだろうね?」
なんて簡単に聞いちゃったんだな。
でもそいつは答えなかった。
そいつは、なんか、動かないんだよ。
恐らく他の人たちは、車でも、船でも、今の馬車と同じように、御座も何も敷いていない直接の硬くて冷たい荷台でぎゅうぎゅうに詰められながら何日も耐えてきたんだ。
そんなことに気付いた。
僕はなんか申し訳なくなって、そいつみたいに黙っている気になってはいたんだ。
「そいつ、馬車に乗るまでは元気だったんだけどな」
僕は驚いて正面のその声の方へ急いで顔を向けたよ。
真正面に坐ったそいつの顔は見えなかったんだけど、毛布みたいなのを頭から被っているのだけはわかった。
「今は元気じゃないんだね」
僕は愛想笑いをしてみた。
多分そいつには見えないんだけどね。
一応。
「ああ、残念だが、そいつは失格だ」
正面の声は妙に大人っぽいんだ。
背丈は僕と変わらないくらいなんだけど
「もっとも、おれ達にとっては悪いことじゃないが」
なんだか嫌な感じなんだな。
「一人や二人抜けたって、おれ達には関係ない。ここは相対的選定じゃないって話だぜ?」
ぼくはその声の主を探したんだけど、見つけられなかった。
それくらい荷台の中は暗くて、見えるのは精々自分の手に届く範囲なんだ。
「だが、脱落なら早いとこ、この荷台からおっぽり出してほしいぜ」
その声の主は絶対僕より年上なんだな。
それだけはわかった。
話し方がませてんだ。
「選定って、何かを選ぶのかい?」
僕はなんとなく気になっていたんだ。
それとなく訊いたつもりだったんだけど、暫く誰も答えをくれなかった。
「…おまえ…何も聞かされずにここへ連れてこられたってのか?」
正面の男がそういった。
嫌な声なんだな。
なんとなく誰かに似ているんだけど、思い出せない。
「ああ、付き添いの人の推薦でね。確か、マルキオンニとかいうちょび髭のおじさんだったな」
僕はあっけらかんとそう答えて見せた。
でも心の中では気が気ではなかった。
どうしてかっていうと、僕にそう答えさせた正面のそいつの声の震えが尋常じゃなかったからなんだ。
それに、僕の胸にも不安がよぎったりしていたし。
それは、最近流行っている強制徴収って言う制度が頭ん中をよぎったからだった。
強制徴収っていうのは、はっきり言ってよくないことだと思うよ。
それは僕の国と大陸が同じで、でもとっても遠い国がやりだしたらしいんだけど、入りたくもない人を、結局強制的にその収容所に入れて、労働だとかをさせるってやつらしいんだ。
それも殆ど無償でね。
それをやっている国にとっては、それはありがたいことなんだろうけど。
でもそれって、連れて行かれる人にとっては中々受け入れにくいものだと思うんだ。
仮に…。
やっぱりいいや。
こんなこと言ったって始まらないしね。
とにかく僕はそのことが一番気に掛かっていたんだ。




