透明な壁
ぼくは落ち始めた瞬間、ぼく達以外の何もかもが線になってしまう前のほんの一瞬、向こう岸の、あのやたら細長い狐が、二匹とも鋭い牙をむき出しにして笑っているのを見つけたんだ。
本当なんだ。
目を一層細めて、落ちていくぼく達を見下していたんだよ。
「ねえ、ぼくって今、浮いているのかい? ラバ、君はうまく浮いているね」
ぼくはラバにそういった。
初めは怖くって目も開けられなかったんだけど、あんまり降下が続くもんだから、それに、自分がなんだか舞い上がっているんじゃないかって感じもしたから、思い切って下を見てみたんだ。
透明な通路の下に広がる景色は、上から降り注ぐ光が幾重にも反射して、よく見れば綺麗な星型になっていたんだ。
みんなの浮き方には、それぞれ個性があって、ぼくは闇に浮き出したような綺麗な星型を見ているより、そっちのほうに夢中になっていたんだ。
ツェッペリンなんかは何となく堅苦しい感じで、絶対着地するときは、うまく足を着いてやるんだって意気込んでいるみたいで、その点ラバは、あんまり意識もしていないのにゆったりと、まるで空中遊泳を楽しんでいるみたいに優雅に浮いていた。
ユダはちょっぴり斜に構えた感じに、ジェラールは心ここにあらずって感じで、きっとこんなときでさえ、先のことばっかり考えているんだよ。
ぼく、おかしくなっちゃって、浮いているって言うのもあったし、なんだかその場で平泳ぎをしてみたくなっちゃった。
「何時になったら着地する? 俺たちはどうなるんだ」
ジェラールは考えあぐねているようだった。
無理も無いよ。
先のことなんて誰にもわからないんだ。
ぼくはそういってやりたくなってね、平泳ぎで、彼の元まで行こうとしたんだ。
空気は掻いても掻いてもなかなかぼくを前へ進ませてくれなかった。
だから仕方なく壁をけったりして進んだよ。
「伏せろ!」
そんな合図と同時にぼくはジェラールの腕の中に引きずり込まれた。
丁度彼に手が届いたときだった。
伏せろって言われても、地に足が着いてなきゃ、無理な注文なんだよね。
それでもジェラールは、ぼくを自分の懐に隠したんだ。
一緒に固まって着地した彼の顔を見たくって頭を上げようとしたんだけど、間も無く襲ってきた、ひどく強引な圧力に、下げずにはいられなかった。
比較的安定してきていた振動が、再びぶり返したんだ。
だからじゃないけど、ぼくは幸か不幸か、ジェラールに押しつぶされた蛙の格好で、その押し付けられる何かに耐えなければならなかった。
一杯お腹に力を入れても、却って体の内側が暴れている感じがした。
でもそんなのも長くは続かなかったんだな。
ぼくはジェラール分の重さを背負う羽目になったんだけど、当の本人も身動きが取れなかったみたいだから、攻めるのはなしにしようと思った。
通路の降下は、次第に速度を落としていったんだ。
それにつれて、ジェラールの重さもさほど苦痛に思えなくなっていたんだ。
それに、ぼくは前に一回彼に担いでもらったことがあるから、これでお相子だなって考えていた。




