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深い溝

「だから、君は・・・」


ぼくはとうとう足を止め、少し言葉を捜した。


「歌を歌ってくれないか。そうだ、あの歌でいいよ。あの歌が良い。君は本当にいい歌声を持っていると思うよ。ぼくは君の声が聞こえなくなるまで踊り続ける。だから・・・ね?」


そういうと、ゆっくり彼女の真っ白な手を戻した。


そして、再びタップを踏み出したんだ。


「頼むよ」


「・・・わかったわ」


後ろ向きで、且つタップを踏みながら笑いかけるぼくに、漸く彼女は、どことなく悲しげな、それでも優しい微笑を向けてくれた。

 

「スミシー! お前はここに残るつもりなのか!」


なんてジェラールが怒鳴ったもんだから、僕は大慌てで、名残惜しい気持ちをろくに表現できないまま、でたらめな足取りでみんなの後を追ったんだ。

 

最後に見たルーディーは、やっぱり遠い目をしていたな。


それで、ぼくがその視線の先まで辿り着く頃に、彼女は歌いだしたんだ。

 

「むすめが歌っている歌。何節で成り立っていた?」


ジェラールは彼女の歌を聴いているのか、ぼくにそう訊いてきた。


視線は、唐突に途切れた通路の先端に、不自然に突起している岩に向いていた。


彼女はぼくがみんなに追いつく頃には歌を一回歌い上げてしまって、結局同じ節を繰り返し始めていたんだ。


案外のんびりした易しい歌だから、二番まできちんと歌っても、大して時間は掛からなかったんだな。


だから彼女は、飛び切りゆっくり、か細い声を伸ばしたりなんかしてきた。



―――三対クモイボ糸紡ぎ



ぼくと彼女の距離は、結構離れていたんだ。


でも歌声はしっかり聞こえてきていた。


四方が固められている通路だから、余計に声が伝わってきたんだよ。


それで、彼女が一節歌う間に、ラバがあごを当然しゃくって見せたりした。


すると、ツェッペリンが突起した岩の中で、ひとつだけ余計に突き出しているやつの前まで移動したんだ。


彼はその丸みを帯びた突起の頭に両手を重ね合わせて置くと、いきなり腰を落とし、全体重を乗っけた。



―――二段構えの棚糸に



 ツェッペリンは突起を押して凹ませたんだけど、案外それは硬くなくって、彼、勢い余って危うく崖下へまっ逆さまになるところだったんだ。


というのも、へこまされた突起の先には、通路なんてぜんぜんなかったんだよ。


可笑しいとは思ってたんだ。


なんたって、今まで囲んでいた岩の天井が、突起の先からなくなっていて、ちょっぴり綺麗な空を見せてくれていたんだもの。

 


―――尖がり星形隠れ帯

 


ユダは慌てて凹んだ岩の直ぐ隣の岩を凹ましたんだ。


彼とラバ以外は、落ちそうになったツェッペリンの救出に借り出された。


ラバは一人平然と右から五つ目の岩に手をやり、へこませた。

 


―――一対牙を磨いては

 


ツェッペリンは上半身が完全に空中に投げ出されていたから、僕らは彼の下半身を引っ張るので精一杯だったんだ。


ぼくも、タップを一旦休んで彼の裾の長い外套の端っこなんかを必死に引っ張っていた。

 


―――四対足をすり合わせ

 


ユダは一番端にあった突起を押すと、直ぐにぼくらを手伝いだした。


どうやらツェッペリンが腰に巻いていた帯かなんかが、右から二番目と三番目の突起の間に挟まってしまったらしくて、彼が落ちないのも、引き上げられないのも、その所為だってだって事がわかったんだ。


だから、一番その近くにいたジェラールが手探りでそれを掴んだりして、試行錯誤していたんだ。


「四、七、六・・・」


そう呟くと、ラバは一人で残りの突起を押していった。

 


―――七節足を軋ませて

 


全ての突起が凹まされると、通路を塞ぐものが何もなくなって、飛び切り綺麗な夜空がぼくの目の前に広がったんだ。


ぼくはそれで、一瞬砲台の中で過ごした夜の事なんかを思い出したんだけど、直後に鳴り出した振動に、頭が引き戻された。

 

「揺れているぞ!」


ユダがそういうと、一層通路は揺れだした。

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