新しい一日が始まる
『愛する息子 サルバドールへ』
勝手を許してください。ママは、ママが生まれた土地、サンディへ行かなければならなくなりました。あなたのことはローザとランの二人に任せてありますから、安心してください。いつかきっと会える日を信じて。その日まで、さようなら。
(母 ミモザより)
―――こんな感じの短い走り書きしか残されていなかったからなんだな。
勝手を許してくださいってのは、ローザがママによく使っていた言葉だったから知っていたし、僕は、土地、と、いつか、っていう単語を除けば殆どの文を一人で読めた。
でも、うれしくなかったんだな。
ローザがママの書斎で三枚のメモを見つけたとき、ローザ宛のメモも、ラン宛のメモも、一瞬しか見ないでもわかるくらいびっしりと文字が並んでいたんだ。
それなのにママは、息子の僕には、僕の顔を隠すほどのメモ用紙の半分以上を白紙にしていたんだ。
それもひどく草臥れてくしゃくしゃにしちゃってさ。
僕はそれでもメモを何度も読み返した。
暇だったし、それに、縁起でもないけど、実際、ママの最後の文字になるかもしれないじゃないか。
僕はそれを大切にしようと決めた。
だから肌身離さずもっているようにしたのさ。
僕がそのメモを読んだとき、既にローザもランも家を出ていた。
僕は母さんの震える文字を見て、最初はとっても寒かったからなのかなって思ったんだけど、やっぱり多分、それを書くのに時間が無かったからなんだって思いなおしたんだよ。
だってそれなら、母さんが最後のメモに余白を残した理由ができるだろう?
僕はなんにでも理由をつけるのが得意なんだ。
僕はその後、でっかい家に一人残された。
こういっちゃ何だけど、それまでの僕は結構裕福な生活をしていたんだ。
毎日の食事には事欠かなかったし、デザートにもありつけていた。
でも僕はあまりそれを裕福だなんて思っていなかったんだな。
確かに、直ぐ外には真っ黒な継ぎ接ぎを着た、頬っぺたに乾燥で粉が吹いている僕くらいの男の子とか、レストランに入る僕たちに物乞いをしてドアボーイやなんかに蹴っ飛ばされたりする女の子もいたんだけど、ぼくはそんなのを見てもなんとも思ったりしていなかった。
知らん振りで店内に入っていくだけだったんだ。
その時はよくわからなかったけど、贅沢をしたいなんて考えもなかった。
けどそれは、本当に僕が裕福だったからなんだな。
今だったらわかるよ。
本当さ。
だって
僕は、その直ぐ後から、結構厳しい生活に追いやられるんだもの。




