新しい一日が始まる
ママはその姿と引き換えに、三枚のメモを残していった。
一枚目は、ママの女中をしていたローザっていうおばさんに宛てられたものだった。
僕には滅法冷たい人でね。
ママがいない時にはミルク一杯入れてくれないんだ。
そこに何が書いてあったのかは知らなかったけど、その後その人が出て行ったとき、僕の家の財産ってやつの大半がなくなっていたらしいから、そんな旨のメモだったんだろうと思ってた。
二枚目はランに。
これは未だに何が書かれていたのかは知らないんだけど、その一部を聞いたことがある。
その内容は
―――ランが言うには―――
ランは僕と一緒にいてはいけないってことだったらしい。
それを聞いたとき、やっぱり僕はママの最後の質問のことを思い出したね。
どうしてあんなこと言っちゃったんだろうって真剣に悩んだものさ。
僕がランのこと、大好きだって正直に言っていたなら、ママは少なくともランに離れることを言いつけはしなかったんじゃないかってね。
勿論僕はランの説明を聞いて、必死に引き止めたよ。
既にローザが家を出て行ってしまった後だったし、それを抜きにしても僕、ランとだけは離れたくなかったんだ。
でもさ、ランは家を出ていったよ。
三枚目が誰に宛てられたものかなんて、言わなくてもわかっているだろう?
そこにはまず、
『愛する息子 サルバドールへ』
なんて文字が書いてあった。
なんか、文字がふやけて、震えているんだ。
だから僕も少し怖くなって、そこに書いてある文字を一字一句大切に読んでいこうって決心したのさ。
メモの字には極力簡単な語句が選ばれていた。
ママは僕を信じていなかったんだな。
もっとも、学校もいっていなかったし、僕にもそれをきちんと読める自信は無かったんだ。
だから、僕はその日、始めて辞書ってのを手にした。
僕はその年にやっと両手が埋まるまでの歳になっていたんだけど、そんな歳になるまで辞書なんて一度だって使ったときがなかったんだ
―――本が嫌いだからって訳じゃないよ、本を読むときは、何時だってランが読んでくれていたのさ。
とにかく、僕は重たい辞書を片手にそのメモを読み始めた。
でも結局その辞書を使ったのは、たったの二回だけだったね。
なぜなら、そのメモには―――




