綺麗な音
お尻が冷たくてどうしようもないんだ。
アスファルトが体に食い込んで、直接骨を叩いている気までしたね。ぼくの顔は結構ゆがんで痛んだと思うよ。
雑踏を見る余裕もなかったんだけど、僕は右手に持った水筒に目をやることになった。
綺麗な音がしたんだよ。
水筒の内側の金属が金属に弾かれる、ちょっと芯まで響く音が。
のぞき込むと一枚のカビが生えた小さな銅貨が入っていた。
ぼくはすごい勢いで何事もなかったように通り過ぎていくシルクハットを被った紳士の背中を追いながら口を開きかけたんだけど、ついには何もいえなかった。
言う暇がなかったんだ。
当の彼が見えたのは一瞬で、本当は革靴の踵くらいしか見えなかったんだからね。
「でかした、でかしたなあ、おまえ、おまえは有望株じゃあ」
そういいながらアンワルは鼻の下を伸ばして水筒の金貨に手を伸ばした。
「そんな顔をしちょるのよ、おまえは」
彼は笑っていたんだな。
ぼくも笑い返したんだけど、すぐに目を下に向けると、自分の服の汚さに気付いて、驚いちゃった。
多分、あの何にも見えない狭い通路に何度も体を擦り付けてしまったからなんだな。
合点がいったよ。
見てはいないけど、多分僕の顔もひどいもんなんだよ。
寒くて鼻水が出てきたから、エチケット違反だけど腕で鼻を拭いたら、腕が真っ黒になっちゃったんだもの。
それに、まつげがなんか、重いんだ。
瞬きするととっても軽い誇りが宙に舞い上がるんだ。
「それはここに入れておいてくれないかな」
そそくさと銅貨を、接ぎをしたポケットに押し込もうとしているアンワルにそういった。
僕は既に大体の事情を察してはいたんだけど、その成果を彼に預けることも平気だったんだけど、その時はそっとしておいてほしかったんだよ、わかんないけどさ。
でもアンワルはそれを許さなかった。
「痛い目みたくなかったら、黙ってわしの言うことを聞くんじゃあ」
そういったときにはもう銅貨はどこにも見当たらなかったよ。
勘違いしないでほしいんだ。
彼は単なる欲張りなわけじゃない。
実は彼、僕を思ってそういったんだよ。
言い方がどうしても悪くなっちゃうらしいんだけど、彼は間違いなく僕を心配していてくれた。
その証拠に、彼は水筒に入った銅貨を隠す必要性を説明してくれたんだ。
「よう考えるんじゃあ。もしお前があのまま銅貨を水筒の中に入れて、周りに見せびらかしていたら、どうなっとったかを」
アンワルはまたもとの姿勢に戻りながらそう切り出した。
彼の顔を見やると、そこにはそっぽを指差した手があった。
顔を向けると、道行く人々が延々と行き来している。
が、アンワルは一向に指を動かそうとしていなかった。
彼が示そうとしていたのは、斜め向かいに陣取っているぼく達と同じようなみすぼらしい格好をしている親子だった。
「いつさらわれてもおかしくないんじゃ。銅貨たったの一枚でもやつらは奪いに来る。おれ達にはさらわれても助けを求められるやつなんてどこにもおらんのだぞ」
彼は
「仮に」
と付け加えた。
「お前が大声で騒ぎ立てたとしても、雑踏は迷惑そうに顔を顰めるか、まったく無関心にとおりすぎていくだけじゃ」
少し身震いして、僕はチラッと親子のほうを見やった。
おじさんのほうは片方の足がなくて、首に下げられている四角く切られたダンボールにはピンクと白と青のペンで
―――戦争がおれの足を奪った―――
って書いてあった。




