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慎重

怖がるって事は悪いことじゃないと思ったね。


大体が悪い印象なんだろうけど、結構根本的な気持ちじゃないか。


それを知らないといつかは痛い目を見るんだね。


本当の意味で怖がるって気持ちが役に立って、尚且つそれを誇りに思えるときが来るなんて、豪邸でぬくぬくと育っていた自分を思い出すと、思いもよらなかったね。

 

老人は見えない階段を一歩一歩上っていき、傍目から見れば、あたかも浮いているようだった。


大抵の人たちはあっけに採られていたに違いないんだ。


でもね、そこに突っ立ってるままじゃいけないんだな。


ライトを振り回す老人の後を追っていかなきゃならないじゃないか。


僕は恐る恐る崖下を覗いたんだ。正直に言えば怖かったね。


だって、階段らしきものなんてどこにもないんだもの。


そこのない暗闇が口を開けてお腹をすかしているだけなんだ。


ちょっぴり怖気づいて僕は初めの一歩を踏み出そうか思い悩んでいた。


そして渓谷を左右にうろうろしながら、何度も崖下を覗き込みながら進めないでいたんだ。


みんな大体僕と同じような行動をとった。


崖下を覗き込み、どんどん離れていく老人の背中を見上げた。


老人が離れていけば行くほど焦りが募って、ついにぼく達の中の一人が、何もない地面へ足を踏み入れたのさ。


その人が浮いたときは歓声が上がったな。




その人、手なんか挙げて応えちゃったりなんかしてね。


多分誰もが胸を撫で下ろしたよ。


でもその人に次の一歩はなかったんだな。


調子に乗って安易に踏み出した足が再び地を踏むことはなかったんだ。


彼はすぐに見えなくなった。


僕は悲鳴の一つでも聞こえるもんだと思っていたんだけど、案外彼は何も言わずに行ってしまったよ。


落ちた彼を見た人たちは、多分全員怖気づいたに違いないよ。


でもね、それでも老人を追いかけるのをあきらめる人は少なかったんだな。


彼らは崖から身を引きながら足を伸ばしたりして、初めの一歩を踏み出していった。


でも、大体が十歩も進まないうちに落っこちてしまったんだ。


一部始終を見ていたわけだから、ぼくはすっかり心臓が縮こまってしまって、思わずその場にへたり込んでしまったほどだよ、恥ずかしいね。


でもね、地面に近づいたのはよかったんだ。


老人は止まる気配もなく、既にちいちゃくなってしまっていたけど、僕は漸く階段を確かに踏みしめる方法がわかったんだな。


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