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光ない狭くジメジメした道

まるで見えないところに一歩足を踏み出す怖さを教えてもらったのは、恐らくアンワルと一緒にいたときだった。


僕は行き先もわからないまま、進み続けるアンワルの後を必死に追っていた。


「・・・・おい、ちゃんと、おい、ついてきてるか?」


やたらと響く声が狭く高湿の空間を一杯にした。


僕は目を閉じていた。


暫く手探りで進んでいたんだけど、それはただの紛らわしなだけって事に気付いたから、黙って全く見えないアンワルが発するあらゆる音を追いかけていたんだ。


結構ドキドキしていたんだけど、それは僕にとっては悪い類のものじゃなかった。







 

「アンワル、どこにいるんだい? ここは一体どうして、こんなに暗くても、案外暖かいんだろうね」


真っ暗で何にも見えないのにとても窮屈なことだけはわかるんだ。


それで、湿度が異様に高いのは変わらなくて、だんだんと、間違いなく温度が上がっていることだけはわかった。


「僕、あったかいのは好きなほうなんだけどさ、なんだか今は息が苦しいんだ。君もそうなのかい」



「おまえ、これからもっと暑くなるぞ。地の熱を吸っているんじゃ。覚悟せえよ、おまえ」


アンワルは浅く細かく息をしていた。


何にも見えないんだけど、彼の壊れた眼鏡は水滴まみれで、たとえ光があっても彼は何も見えないんだろうなと思ったら、ぼく、吹き出しちゃったよ。


そしたら


「おまえ、おまえ」


ってアンワルは毎回微妙に気持ちの変化がうかがえるお得意の言葉を吐いたんだ。


僕はそんな彼の癖が嫌いじゃなかったな。



「変なこと聞いちゃってもいいかな」


歩くのに夢中で暫く黙っていたんだけど、何の気なしにそう言ってみた。


足元には水溜りができていて、それを踏み砕く音が響いていたから、僕はかき消されない程度の声を上げなくちゃならなかった。


「・・・・ティラードとサミーラのことなら、わしに聞いても何もわからんぞ」


彼は大分間を置いてからそういった。


実は僕、そんなことを聞くつもりなんてこれっぽっちもなかったんだけど、アンワルはちょっと寒くなるような声でそういったんだ。


「わかっているのは、ティラードがおじんで、サミーラがおばんだって事くらいじゃ。後は、強いて言うなら、俺たち全員何の血のつながりもない赤の他人だってことくらいじゃ」


彼は水を砕く音にまぎれてそう呟くと


「ただわしは思うんじゃ。天涯孤独だと思うとった自分が他人と一緒におれるのは・・・・悪くない、悪くないなあ」


それから彼は、多分わざと足を高く歩いていたんだと思うよ。


急いでいたのかもしれないけど、きっと足を高く上げていたに違いないんだ。


「もうすぐじゃあ、おまえ、おまえちゃんとついてきとるんだろうな、わしゃ知らんぞ。おまえ、これからここは、蒸し風呂になるんだぞ。早よう出るんじゃ、蒸し焼きになりたくなけりゃな、お前」


アンワルの声が遠くから響いて届いてきた。


僕は多分、相当よろよろとしていたんだと思うよ。


五歩進むたびに壁へ肩をぶつけていたし、それに体を預けてしまいたい衝動と戦っていたりした。


でも僕はアンワルを追ったんだ。


なぜって、壁は首筋がぞくっとするほど滑っていたし、第一、漸く前方から僅かながら光がのぞきだしたんだものね。


それは何度も何度も反射した末に僕まで届いたようで、とっても控えめな光だった。


でも、その時の僕にとってはなによりだったんだな。


だから、光をさえぎっているアンワルを恨めしく思ったりしたんだけど、彼は遅い僕を実際、待っていてくれたんだから、うん、黙って追いかけた。


「やっとここから出られるんだね」


僕は息を切らしながらも彼に追いつけた。


出口が近づき、次第に光も強められていった。


「そういえば」


彼の顔が辛うじて窺える程度になったとき、僕は思い立ってそういった。


「さっきのことなんだけど、僕が聞きたかったのは、おじさんやおばさんの事なんかじゃなかったんだ」


聞こえていたはずなんだけど、彼は多分、聞こえていない風をして返事をしなかった。


「どっちでもいいと思ったんだけど、やっぱり聞いてみたくなっちゃった」


僕は自分の伸びた影を振り返りながらそういった。


実はちょっと恥ずかしかったんだな。


人にこんなこと、聞いたことがなかったから。


「君は暗闇が怖くなかったのかい?」


それとなく聞いたんだけど、彼は答えるのに長い時間を掛けたんだ。


ぼくを笑っているんだと思って少しいじけたんだけど、そうじゃなかった。


「怖かったわ」


アンワルは振り向きもしないでそういった。


「じゃが慣れた、なれてしもうたんじゃ」


遠くに見えていた暗い光に浮かび上がった丸い景色が開けてきた。


「じゃが、慣れるってのも、決していいもんじゃないのう」


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