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目には見えない階段

弱っちゃったね。


大体がいい加減なんだ。


それって本当のことだと思わないかい? 


嫌になっちゃうよね、本当に。


僕の目って言うのは、大抵見ているようできちんと見られていないんだよ。


これももしかすると病気の一種なのかもしれない。


案外もっとも重大だったりするのかもしれないけど、僕はそのことに気付きながらもそれを許してしまっているんだね。

 

味噌っ歯の老人を訝しく思ってしまったぼくは、少しの間自己嫌悪に陥った。


だって、よく見れば老人の分厚い瞼に隠された瞳は、まるで磨かれた真珠のように輝いていたんだもの。


確かに一見不気味に見える風貌をしていたんだけど、そんなことで人を安易に決め付けちゃいけないんだよね。


「いけ好かない爺が現れたもんだ」


黒尽くめの人たちに注意を払いながらもエゴールは僕の首筋辺りでぼやいた。


「きっとあいつはおれ達を悪く扱うよ、間違いないね」


僕はその時、彼の癖に気付いた。


「エゴール、そのいかした唾の飛ばし方を僕にも教えてくれないか」


彼は腰に手を置き、顎を突き出し、歯と舌の間に真空状態にした唾を押し出すように吐いて見せた。


唾は、チィという音を出しながらすごい勢いで遠くまで跳んでいった。


僕はもうそれを何度も見ていた気がしたんだけど、その時漸く気付けたんだ。

 

苦虫を噛み潰したような顔をしているエゴールを見るために振り返ると、不気味な老人がこちらには声も掛けずに城壁のほうへ向かいだした。


その途中で半端に手が上げられ、黒尽くめの人たちの警戒は解かれたようだった。

 

「おれがものを教えるなんてめったにないことなんだぜ、え?わかるか?」


エゴールは自分の手を眺める風をした。


「ところでお前、葉巻を吹かしたことはあるか」


すこし得意げに彼は顎を上げて見せた。


「煙を吐き出すときのことを思い出すんだ。いいか、口から葉巻を離す瞬間を、だ」


僕は大体、彼の勿体ぶった態度から興味をそらしていたんだな。


エゴールのつまらない手ほどきより、老人が蹴り上げてだした四角く縁取られた円形のライトの暉が徐々に色濃くなっていくさまに釘付けだったのさ。


だからエゴールは視界から消えた。


これは僕の一つの才能かもね。

 

ライトの黒っぽい暉が城壁と断崖の間を照らすと、不気味な濃霧は一瞬渦巻いて、その中から嫌に心細い階段のようなものが見え隠れしていた。

 

「諸君、ようこそおいでなすった。ここからは拙者が案内させていただく」


老人は妙に息を抜く話し方をした。


ライトの頭についていた取っ手を右手に持ち、全体を抱えるようにして腰においていた。


「ゆっくりでええ、ついてきてくだされ」


不意に厚い瞼を押し上げ、老人は愛くるしい瞳を覗かせ、ただし、と付け加えたんだ。


「ここからは少々危険が伴いまする。それをくぐりぬけ、耐える勇気、覚悟のある方だけ、私の後に従っていただきたく」


ライトの重さとバランスを取るため背中を伸ばし、逸らした老人は一気に頼もしく見えた。


「わしはこの上にある、巻貝の門柱のところで待っております」


かっこいいおじいちゃんなんだな。


彼は腰に置くように持ったライトをうまく左右に揺らし、瞬間瞬間に照らし出される階段に足を掛けていった。


黒尽くめの男達は気付かないうちにぼく達の後ろに列を成し、足を高く上げるいちいち無駄な歩き方で来た道を戻りだした。


水分を含んだ大地が強く踏みしめられ、嫌な音と共に、泥やら濁った水があたりに飛び散った。


老人の後にくっつきながらもそんな光景を見守っていたけど、あれは見ていられなかったな。


だって、いいことなんて一つもないじゃないか。


そんな風な決まりは決まりなんだろうけど、状況によって硬く凝り固まったものを曲げちゃえる自由と、意志なんかが彼らにあったらいいなと思った。


実は僕がここへ連れてこられる前に、勿論、家を追い出されてからだけど、得たものといえば、代表を挙げればそんなことだったと思うよ。


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