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行く先

立ち上がったエゴールたちは、順に荷台を降り始めた。


僕は勿論それに倣って

―――足の感覚がなくなっていたから慎重に―――

荷台を降りた。


僕は新鮮な空気が吸いたくて、胸一杯に深呼吸した。


でも、

直ぐに噎せてしまったんだ。


外の寒さに僕の咽喉が耐えられなかったんだな。


それは結構他の奴も同じだったらしくて、その殆どが同時にむせ返っていた。


そんな光景をちょっと滑稽だなんて思ってみていたんだけど、それより何より僕を喜ばせたのは、その時くらいから真っ黒な外套を着た人達がぼく達の視界を遮るのをやめたって事なんだ。


だから僕は嬉しくって一回転してみたりした

―――勿論殴られるのが怖かったから、控えめにね。


でも僕はちょっとばかり自分の目を疑ってしまったんだ。


なぜって、

勿論僕は自由を望んだりはしていたんだけど、目の前に広がる景色は自由が過ぎるっていうか、要するに、疑いようもなく、一面荒野が広がっていたんだな。それで僕は振り返った

―――勿論さりげなく。


そこには、曖昧にだけど、始まりがあったんだ。

山の始まりが。


僕は夢中でそこを駆け上がった―――視線でね。


でも、その先はうまく見えないんだな。


そこは、厚くてドロドロした、本当に不気味な靄に隠れていたんだ。


隠されていたんじゃなくって、隠れていたって方がしっくりくるんだ。


そのくらい潔くない山だった。


ぼく達は、どうやらそこに向かっているって事がわかったんだ。


馬車は馬が暴れてもう荷台を引こうとしてくれなくなっちゃっていたし、どうせ山道だから、歩くしかなかったんだな。ぼくの視界には三人くらいの黒尽くめの人物が立っていて、進む方向以外のところを封じていた。


ぼく達は、導かれるままに先導者の後に続いた。


ぼくはわざと列の一番後ろに回ったんだ。それで、驚いたね。


歩き出したぼく達の前後を固めた黒尽くめの人物

―――銃剣を持っているから区別できるんだ―――

を除いても、馬車に乗っていた人数が八人もいたってことに。


でもその中からユダやジェラールを探すのは難しかった。


なぜって、

僕以外の全員が全員、頭からすっぽりと外套を被っていたんだもの。


後ろからじゃ区別できないんだよ。


ぼくは少し嬉しくなったね。


だって、僕一人だけはスエードのジャケットなんか羽織っていたんだもの。


だから僕は周りの真似をして、フード代わりに襟を立ててみたんだ。誰も見てくれていなかったけど、ぼくはちょっとそれが気に入ってしまってね。


ちょっと大人びて見えるじゃないか。


だから。


ちょっと背伸びしてみたりなんかしてみた。


「おれ達が今から行くのは…」

ユダの声だった。

「血族選定場って所だ」


ぼく達はきっちり二列に並ばされていたんだけど、ユダはどうやら、わざわざぼくの隣にまで来てくれたんだな。


いい奴だね。

全く。


「血族選定場?」

僕はそんな単語、初めて聞いたんだな。


「そうだ。その名の通り、血族を選定するところだよ」


ユダは親切に言ってくれるんだけど、僕にはさっぱりなんだな。


「狂った世の中になっちまったんだ。それだけは言える。要するに、本当の血族が極端に少なくなっちまったから、その範囲を広げようってことらしいぜ」


「もう少し、やさしく言ってくれないかな」

僕はユダに愛想笑いを向けたんだけど、それは制された。


「こっちを向くな。監視官に気付かれる。そのまま聞くんだ。いいな? 血族選定っていうのはつまり、今まで血族じゃなかった奴を、血族に入れるか決める制度みたいなものさ」


「要するに、遠い親戚も家族にしようってことね?」


「飛び切りよく言えばそうかもな」

よくわからないけど、ユダは苦笑しているようだった。


「でもよく聞けよ?」

ユダは一層声を潜めた。

「噂では、ここでは本当に親戚かどうかなんて、大して重要じゃないらしい。要するに、能力的に優秀な一握りが選ばれるらしいんだ」


「もし、選ばれた人が全然違う家系だったとしても?」


ユダは僕の問にゆっくり肯いた。


「それってインチキじゃないか」


僕は自分でもわかるほど呆けた声を上げちゃったんだ。


それでやっぱり、黒尽くめの持っている拳銃の鉄が、チャッ、と重なる嫌な音が聞こえてね。


ユダはさりげなく僕から顔を遠ざけた。


 

結局僕は、血族選定場って奴の全貌を把握できないまま、湿ってネチャネチャした山道を登っていったんだ。


馬車を降りたときはとっても明るい月の光があったのに、いつの間にか行く先は濃い霧に包まれていて、前の人の背中がボンヤリと見えるくらいしか視界が開けていなかった。


ぼく達は、もう何時間も歩いている気がしていたんだけど、一向に夜が終わる気配にならないんだ。


僕は体力の大部分が既に磨り減っていたし、何より退屈で死にそうだった。


ユダが再びぼくに話しかけてきたのは、そんなときだった。


「大きな声を出すなと言ったじゃないか」


「僕はそんなこと、聞いてなかった。でも、今度からは気をつけるよ」


僕はわざとらしく声を潜めてみた。


退屈だったからね。


「それより、もっと詳しく聞かせてくれないかな。その、血族選定場ってとこのこと」


僕は

「もっとも」

と加えた。


「僕が今一番知りたいのは、あと何十時間歩けば、そこに着けるのかってことだけどね」


「それは一理あるな」

ユダは笑っているようだった。


「だがその質問には答えられん。なぜなら、俺も知らないからだ」


ユダは息が上がっているようで、フードから顎が覗いていた。


「俺が知っているのは、ここに来る前に漏れ聞いた噂と、事前に伝い渡った最小限の情報だけだ」

 

「家族を家族以外から決めるって言うのも噂なんだね?」


どっちでもよかったんだけど、そう訊いてみた。


「それは事実だ。間違いない。むしろそのほうが本当の血族より多いだろうな。何より、そのほうが血族の未来に役立つんだから。勿論、公にはどれだけ遠くても血族を採っているって事にはなっているけど、それを信じている奴なんて一人もいないね」


ユダはそういいながら口を右手でさすった。


フードから妙な形をした鼻が顔を出した。


「ここにいる奴らを見てみろ。この中に何人自分が本当に血族だって思っている奴がいるんだろうな」


そういってユダは右手を下げるついでに、さりげなく前の列を指した。


「みんな、血族の座を狙っているのさ。各言うおれもそのひとりだけどな」


「君ははじめから、自分が血族じゃないってわかっているんだね?」

 

「わかってきたじゃないか。誰も本当に血族になりたい奴なんていないのさ。目的は、今まで自分がしてきた貧しい生活から抜け出すこと、何不自由ない生活を手に入れることだ」


ぼく達は何度目かの峠を超え、一向に明けない空に嫌気を感じながらも山を下っていた。


「ところでお前、スミシーって言ったな。聞かない名前だ。どこの系統だ?」


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