馬車の行き先
俄かに周りが騒ぎ出して、気付いたら馬車の振動が止んでいた。
重い瞼を引っかきながらこじ開けると、目の前にはユダの心配そうな顔があったんだ。
「漸く目覚めたか。おれはもう少しで、おまえも馬車からおっぽり出すところだったぜ」
ユダが半分口を開きかけたとき、正面のやつの声が入り込んできた。
「よかった。大丈夫そうだ。おれはおまえまで死ぬんじゃないかって思ったよ」
そうやって僕はユダに抱き締められた。
体が軋んで小さく悲鳴を上げたけど、悪い気はしなかったんだ。
だって、人に抱き締められるのって、結構気分がいいもんだろ?
「ありがとう、もう大丈夫だよ」
僕はユダの背中を一杯叩いて半身起き上がった。
そこにはやっぱり正面のやつがいたんだな。
外は全然明るい様子じゃなくて、どうやら、また夜が来ていたらしいんだ。
だから正面のやつの表情なんかは見えなかった。
でも、僕は笑いそうになったんだ。
思い出しちゃったんだよ。
あの鼻をさ。
それで、僕はやつに手を差し出したのさ。
「さっきは助かったよ。君がいなかったら僕はあのまま下敷きになってた」
僕は案外、自分からだと素直な気持ちを言えたりするんだな。
勿論、僕に向けられた言葉を、素直に受けることなんてできないんだけど。
「やりたくて、やったわけじゃないよ。それより、おれはおまえに貸しを作ったんだからな。それをきちんと憶えておけよ?」
恐らく正面のやつも、僕と同じ病気を持っているんだな。
だから僕はあまり怒るきにもなれなかった。
鼻を思い出していたしね。
「わかったよ。それより、君の名前は?」
正面のやつはそれまで、顔を臍みたいにしていたんだけど、僕の声に間抜けな雰囲気をだしたんだ。
「エゴール…エゴールだよ。これに乗る前は、漁場で働いていた」
正面のやつは、僕の差し出した手には応えてくれなかったんだけど、結構照れくさいのを隠しながらそう名乗ったんだ。
可笑しかったな。
エゴールは、そういうのを隠すのが一等下手だったんだ。
「おれはジェラールだ」
暗闇から手だけが伸びてきた。
あの声の主は、ジェラールと名乗ったんだな。
握手しながら僕は、ジェラールの正確なスペルを聞こうかどうか迷ったんだけど、結局聞かなかった。
「もう直ぐ監視官が来る。今度は何に乗り換えるってんだろうな。全く、移動はもうこりごりだ」
僕は暗闇の中を探っていたんだけど、どうやら僕に差し出された手は、ジェラールのそれだけだったらしい。
「なあ、いい加減教えてくれないか。この馬車はどこに向かっているんだい?」
僕はこれでも、切な感情を押し殺してそっけなく訊いたんだ。
でもやっぱりまずい雰囲気が荷台に滞った。
「坊や、お前みたいのがここにいるのはおかしいんだよ。これから行く所は―――」
エゴールがふざけてなんかいない雰囲気を出したとき、荷台の仕切りが一気に開かれた。




