大砲の中
ぼくは海に向かって叫んでいた。
何でもいいから叫びたい気分だったんだ。
周りに誰もいなかったし、なんだかそんな気分だったんだ。
でも海は、穏やかで、なんにも言っちゃくれなかった。
水と水がこすれる音が鳴っているようだったけど、それが何処かはわからなかった。
叫ぶのをやめるタイミングが見つからなくてわめき続けていたんだけど、遠くからなにやらやかましい音が聞こえ出したんで、ぼくは急いでそっちへ駆け出した。
初めはひどい音だと思っていたんだ。
でも近づくうちに慣れてしまって、案外気持ちよくなっていたりしていた。
浜を歩いていくと、結構な大きさの砲台があった。
砲台はお月様に銃口を向けているようだった。
それを見上げながら通り過ぎたところに、音の出所があったんだ。
「坐れよ」
シルベスタ青年は音を出すのをやめずに傍にあった流木をあごでさした。
彼の動きは結構激しくって、坐っているのに体全体が上下して、何度もお尻を打ち付けていた。
ぼくは坐って、暫く彼を見守ったんだ。
なぜって、彼は目まぐるしく動く手の動きにあわせて、頭を上下させていたから、何だが危なっかしく思えたからなんだな。
音を出すのをやめた彼は、どうういうわけか照れた様子で、
「ギターを見るのは初めてか?」
と訊ねた。
そしてギターをぼくの前へ差し出してきたんだ。
「いや、見たときはあるよ。でも、触ったのはこれがはじめてかな」
手にとってその重さを確認してみた。
一番太い弦を弾いてみると、とっても低い音が出た。
「ガキの頃、そいつがあれば、後は何もいらないって思ってた曲があった。それは今でもおれに欠かせない曲だけど、おれがちょっぴり大人になって、その曲の仕組みについて知ったときは驚いたよ。その曲、ABCの、たった三つの流れを繰り返しているだけだったんだ。おれにとってその曲は、どんな複雑な流れを組み合わせたものよりぬきんでていた。すこぶる簡単な曲のようだけど、そこにはやっぱり、ひとつの世界が作り上げられていたんだと思う」
なんだか真剣に語ったシルベスタは、ぼくからギターを取り上げると、多分その曲を弾いたんだ。
きっと彼の胸は、躍っていたんだと思うよ。
その証拠に、彼、弾き始めると同時に目を瞑ったりなんかして、自分に集中してしまったんだからね。
でも、ぼくにはそれが、時々調べが代わる、やっぱりやかましい繰り返しにしか聞こえなかったんだ。
無理も無いよ。
彼は時々鼻をならしたり、あごを上げたりするくらいで、歌を歌っているわけでもなかったんだからね。
それでも彼は、自分だけ気持ちよくなっているみたいだった。
辺りはやかましかったけど、海は穏やかで、はっきりとした影を伸ばしていた大砲の口を見上げると、ヨークが無愛想をこっちに向けているのを見つけたんだ。
微笑みかけると、微笑み返しもしないで、彼は曖昧に手招いて見せた。
それで、それだけで砲口に入り込んでしまったんだよ。
だからぼくはあわてて、だけどそろりそろり、大砲を上ったんだ。
シルベスタはぼくが立ち上がったのにも気付かず、演奏を続けていた。
「大丈夫かい?」
ぼくはそう聞いたんだけど、結局心配されたのはこっちだった。
ぼく、砲口から落っこちてしまったんだよ。




