8-2話「生臭い手」
「やぁロクさん」
町人の身の丈にある服に武器やでたたき売りされそうな少し錆の入った槍を袈裟に背負う。これがお貴族様、ましてや一擲ライゼとは誰も思わない。
「ライゼさん、ご指名頂けるとは奴隷冥利に尽きますねえ」
「賊狩りの前に冒険者ギルドに行きましょう」
「日雇い労働者の組合所に何の用なんです?」
「ロクさんを登録しておかないとただの殺人鬼になっちゃうので」
「あぁなるほど」
奴隷ロクは薬師ニーヤには漁に行くと言ったがあれは嘘っぱちで本当は一擲ライゼからの秘密のお誘いがあってのことだ。
そのためにまずは奴隷ロクに冒険者として登録を行い、冒険者ギルドにある適性診断を受ける。これで奴隷ロクがどれくらい強いかおおよそわかる。
トヒの街の冒険者ギルドの受付はそれなりの規模があり内装もしっかりしている。食事や酒飲みができるラウンジや武具の購入、強化、整備ができる鍛冶屋も併設されている。
一擲ライゼが顔を出すと人だかりのある廊下はすっと道が開かれる。
「そこまでしなくていいよ」
そう一擲ライゼは苦笑いをするが彼の実力がどれほどで常日頃から貴族らしいことをせず街の自治に尽力してるのがよくわかる。
新人窓口に向うと物珍しそうに受付嬢が一擲ライゼと奴隷ロクの顔を交互に見る。
「本日はどのようなご用件でしょうか?」
「彼を冒険者登録したくて」
「……解放奴隷の方ですか、出来なくはないですが」
「あれ、何か問題あったっけ?」
「職業適性だけで仕事を斡旋するので選択の自由がないのですよね」
「なるほど、つまりはこうですね。奴隷身分なら誰もやりたがらない仕事をさせられると?」
奴隷ロクの言葉に受付嬢は言葉を詰まらせた。
「……そうなります。もちろん適性が広ければその中で選べる仕事が増えますが」
「ええ、ええ、結構ですとりあえず登録しましょう」
「わかりました。この書類にサインと血判をお願いします」
「…………ライゼさん」
「なんでしょうか?」
「書類を書いてもらってもいいですか?」
「え?」
「すみやせん、アタクシ読み書きが出来ないんですよ」
「あー、そうだったんだ。いいよ」
一擲ライゼは受付嬢に視線を向けると受付嬢はにこやかに頷いてペンを渡した。一擲ライゼが貴族らしい達筆な文字で名前を書き、奴隷ロクは血判を押す。
「ありがとうございます。しばらくお待ちください」
受付嬢は一礼して席を外した。
「読み書きできなかったんですね」
「お恥ずかしながら、今まではニーヤさんに全部やってもらっていました。あっ、知っての通り、喋りの方は大丈夫ですよ」
「知ってますよ。ただちょっと、奴隷だったことを忘れていました」
「こちらこそ代筆ありがとうございます」
「喋りとは言ってますが実は魔族語もわかるとか?」
「魔族語、人族語、あと蛮族語も話せますよ」
「トライリンガルですか」
「人族語の飼い主に飼われて、蛮族語を話す育ての母、魔族語を話す可愛い奥さんがいますからね」
「蛮族語を話す育ての母?」
「生みの母はアタクシを産んで直ぐに感染症で死んでしまって、母親の代わりに乳をくれたのがミノス族の女性でして」
「そうだったんですね」
「まぁその母も死んでしまったんですけどね。奴隷の寿命は短いので」
「てことはロクさんって奴隷の子だから奴隷だっただけ?」
「そうですよ。悪事を働いて奴隷身分になったわけじゃないですよ」
「それは、ちょっと安心しました」
「でもまぁ人殺し、暴力、窃盗、お天道様に申し開きできないことをしなかったわけじゃないです」
「生きるため?」
「死なないためです」
「仕方ないことです。ぼくも同じ境遇なら同じことをしたと思いますし」
「受付が終りました。最後にこの水晶に手を乗せて貰ってよいでしょうか?」
受付嬢が大事そうに持ち出してきた水晶玉を奴隷ロクに差し出す。
「これはなんですかい?」
「これに手をかざすと適性を調べることが出来ます。触れた人の記憶と体の状態からおおよそのステータスを算出します。ギルドではそれを目安にして受けられる依頼のランクを決めるためです」
「へぇ……なるほど、これをやらないとどうなるんです?」
「登録不備になり正式に冒険者登録ができなくなります」
「わかりやした」
奴隷ロクは手を水晶玉に乗せる。水晶玉は光を放ち受付嬢はそれを金属のタグに転送する。
「え……?」
受付嬢は目を丸くする。
「どうしました?」
一擲ライゼが尋ねる。
「ほとんどの項目が測定不能になっておりまして……」
「え? どうしてですか?」
「稀に聖職者や特殊な加護を持つ人が特定のステータスが測定不能になるのですが、ロクさんはあらゆる項目が測定不能になっておりまして……」
「強すぎるとか?」
「まさか、例え魔王を倒した勇者様でも測定できますよ」
「あのぉ、ひょっとしてこれが影響していません?」
ロクは上着の襟を引っ張って右胸にある刻印を見せる。
「せ、聖刻印!?」
一擲ライゼも受付嬢も目を丸くする。
「むかーし人助けをしたときに、助けた方が大層名のある方でしてお礼にとこれを」
「そ、それなら測地不能になるのも納得です。しかし唯一測定できたのが……」
受付嬢は苦い顔を浮かべる。
「どうしたんです?」
「測定できたのが、暗殺者の適性なんです。しかもA+判定」
「暗殺者!? てことは……」
一擲ライゼが顔を手で覆い困っているのか視線を泳がせる。
「冒険者ギルドで受けられる仕事は暗殺依頼になりますね」
「そうですか、まぁ今回はぼくの方で受けている依頼ですからロクさんを連れても問題ないでいいですか?」
「ええ、大丈夫ですよ」
「ではついでに手続きを」
「あの案件ですね。承知しました」
「お願いします」
一擲ライゼが何かの依頼を受けると奴隷ロクを連れてスラム街に向う。
「トヒの街にもスラムがあったんですね」
「どこにだってあるさ。と言ってもここのスラムは余所より遥かに治安が良いよ」
「どうしてです?」
「ぼくがこのスラムのボスだからね」
「ライゼさんが? よくもまぁお貴族様をスラムのボスにしたもんですこと」
「ひとりずつ丁寧にボコってお山の大将になったそれだけ」
「シンプルですね」
「でもまぁそれでもグレーなところは色々あるし、一線を越える人もいる。ほとんどは流れ者だけどね」
「なるほど、今日のお仕事は一線を越えちゃった人を捕まえるってことですかい?」
「ご名答。こんな汚い仕事中々適任が見つからなくてね」
「お貴族様も大変ですね。汚れた手をどうやって綺麗にしているんです?」
「ランドリーナッツを使うと汚れは綺麗さっぱり落ちるよ。山とか林に入ればすぐ手に入るし、変な匂いも付かないから獣にも嫌がられないよ」
「いいお返しですね」
「うん、ありがとう」
一擲ライゼは物や人でごった返したスラムの道をすいすい歩きながら奴隷ロクの皮肉を軽くあしらう。
「ランドリーナッツ、覚えときますよ」
それは奴隷ロクが放った皮肉をあしらったことを忘れないという意味も含まれる。
「いいね。さて、着いたよ」
なんてことは無いスラムの宿屋で足を止める。
「ここですかい?」
「最近不法に占拠……まぁここが無法地帯と言えばそうだけど、家主からなんとかしてくれって頼まれてね」
「スラムの人間がギルドに依頼できるだけの金をよく持っていましたね」
「300リントくらいで引き受けたよ」
「大赤字じゃないですか、あと200リントつけりゃ朝食のパンにバターとハチミツ、飲み物にミルクがつきますよ」
「やる人がいなくて……治安をこれ以上悪くするわけにもいかないからお金に苦労しないぼくがやってるわけだよ」
「そりゃあご苦労なことです」
「でもまぁ今は丁度良い後釜を見つけたから」
「ご冗談を」
「暗殺者適性は驚きました。これでぼくからの依頼も出せるし一安心です」
「……この奴隷ロクに何が出来ると言うんです?」
「それを見せてもらうんだよ」
一擲ライゼは宿屋の戸を蹴破る。
親指突き出して奴隷ロクをけしかける。ため息ひとつ、奴隷ロクは仕事を面倒そうに引き受ける。
宿屋の入り口には何人かの流れ者がいる。
「中の人は全員やってしまっても?」
「お好きなように」
「では遠慮無く」
奴隷ロクは風切り音と共に手を伸ばす。
手近な流れ者の頭を掴む。
それから一気に力を入れて首の骨を外す。
相手を即死させると同時に宿屋を血で汚さないようにする配慮である。
もちろん流れ者も応戦の構えを取る。
ナイフで魔法で奴隷ロクをいたぶるがナイフは皮膚すら切れず、魔法は撫でられているかのように涼しい顔をしている。
眼光は鈍い。便所掃除でもさせられているかのようだ。これで人を殺しているのだから一擲ライゼは奴隷ロクの心に驚いた。
奴隷ロクはつまらなそうに次から次へと死体の山を作る。実に一方的な掃除だった。
人間の死体をまとめて四、五体運んでは宿屋の玄関前に並べる。
「……あぁ」
「どうしやしたライゼさん?」
「いやぁ、その、ここまでサクサク人を殺してるのは初めてだったから」
「そうですかい?」
「その辛くないんですか?」
「辛い?」
「ぼくは人を殺すのに抵抗があります。騎士身分であるものの罪悪感がないかと言われると――」
「アタクシは人ではないので。人でない者が人を殺す。言ってしまえばですよ、言ってしまえば人が豚や牛を殺すのになんの罪悪がありましょう? アタクシにとってこれらは確かに人ですが同類ではございませんので」
一擲ライゼは槍を強く握りしめる。
奴隷ロクの言葉を否定したくなったが、一擲ライゼ自身が奴隷ロクに殺しの仕事をお願いしている時点で、自分もまた奴隷というものを上手く使っているのだと思い知らされる。
結局、人間というのは何か理由をつけてやりたがらない仕事をさせる。そうしなければ社会全体を回すことができない。
「あぁ……結局ぼくは何がしたかったのだろう」
「ライゼさん、アタクシは今結構楽しい気分なんです。意味がわからないでしょうが、今日は誘って貰って嬉しかったですよ」
奴隷ロクは鼻歌でも歌い出しそうなほど明るい表情をしている。
足下には死体が転がっているのに。
「ロクさん、ぼくからの依頼をやりたくなければ断っていいんですよ?」
一擲ライゼは内心、会話がちぐはぐだなと思ったが言いたいことを伝えたかった。
心根はすでにグチャグチャだ。
「断れませんよ。ご自身のお立場を考えてください」
「…………友達になれると思っていたんだけどね」
「友達ですとも。ですがそれ以上に世間体や立場というものがございます。ライゼさんが気にしなくとも奴隷であるアタクシがデカイ顔をすればそのツケはアタクシに降りかかるのですよ」
「……やっぱり貴族は平民と対等に向き合えないんだね」
「違いますよ。向き合うのではなく肩を並べるんです。ライゼさんあなたは皆に進むべき道を示すんです」
「進むべき道」
「そうです……まぁこの話全部ニーヤさんの受け売りなんですけどね」
「魔王が言うならそうなのかもね。ある意味一番説得力あるし」
「でしょー。ま、今日はこんなところで」
「うん、ロクさんありがとうございます」
「いえいえ、こちらも駄賃が入ったのでニーヤさんに甘い物でも買って帰りますよ」
「良い店を知ってるよ。今から寄ってく?」
「是非とも!」
奴隷ロクは一擲ライゼと甘味屋で薬師ニーヤに土産を買うと何食わぬ顔でイルユ村の薬屋に帰る。
「遅かったじゃないか」
「すいませんねニーヤさん。あ、これライゼさんイチオシの甘味です」
「ほぉう、いいではないか」
「夕食の後はこれでお茶でもしましょう」
「いいだろう。きっと楽しい夜になる」
「ですね」
「ところでロク、魚を捕りに行くと言っていたな?」
「ん? ええまぁはい」
「随分と人間臭い魚だな」
「そんな魚もいるんですかね?」
「上手に血の臭いを消してはいるが、魔法攻撃の痕跡が残っているぞ」
「おっと……」
「人を殺すことにとやかく言うつもりはないが、望まないなら私からライゼに言っておく」
「大丈夫ですよ。いい気晴らしでした」
「それならいい。しかし手の臭いはどうやって消した?」
「ああ、これはソープナッツという木の実でして」
「それだ! ソープナッツならどこの山にもある! これを素材に石鹸を作ればゲールの要望に応えられる! そうと決まれば早速試作しよう!」
「ニーヤさん、夕食は……?」
「そんなものは後だ。このアイデアが消えないうちに形にする!」
「やれやれ、研究者気質なんですからもう……」
「ロク手伝え!」
「仰せのままに」
こうして生まれた石鹸は素材の安さと製造コストの手軽さからヒット商品になったが、元が安いためあまり儲けにはならなかった。




