8-1話「生臭い手」
狩人、獣を狩り肉と皮と骨に変え金に換える仕事。
イルユ村にも狩人がいる。白い髭にしわがれた顔。最近では腰にガタが来つつあるが無理を押して仕事をしている。
「先日の地竜の解体と素材を金に換えたがこれは村の運営費に回していい話だったな?」
薬師ニーヤ、最近ここに引っ越してきた魔族の最上位種ゼニスと奴隷の人間の変わり者夫婦の片割れ。
狩人ゲールは薬師ニーヤとはあまり関わることはなかったが、奴隷ロクとは山歩きでちょくちょく顔を合わせている。
今薬屋に来ているのは狩人ゲールが先日討伐された竜を換金した際の取り分の話をするためだ。
「それで構わない、頭という十分過ぎる報酬を既に貰っている」
「地竜の頭、それも牙は全部鍛冶屋のアンドレに渡したらしいな」
「必要なのは目なんだ。竜の目は薬の材料になるんだ」
「目玉から作る薬か」
「エリクサーっていう薬で魔力を回復できるんだ。高値が付いたよ」
「なるほどだから頭が欲しかったわけだ」
「あと頭蓋骨は骨灰にした。こっちは魔法の触媒になるんでな」
「竜は鳴き声以外何でも使えるな」
「それは腕の良い解体が出来る人が居てこそさ」
薬師ニーヤはわざとらしくゲールを見つめる。
「そりゃどうも。あー、そう言えばトヒの街に住んでる息子夫婦のところにこの前行ったんだが――」
「それで?」
「……いや、なんでもない」
「そうか、でもまぁ家族と気軽に会えるのは少し羨ましいな」
「そっちは違うのか?」
「私の故居はここから更に魔族側に寄った場所だから中々ね」
「大変だな」
二人の間に少しの間が空く。それを見越したかのように薬屋のドアが開く。
「ただいま戻りやした」
意気揚々と奴隷ロクが帰ってきた。
「お、ロクか」
「あら、ゲールさんじゃないですか」
「この前は助かった」
「いえいえ、ただの荷物運びですよ」
「山小屋は時より使うからな定期的に色々せんとあとで苦労する」
「また何かあれば言ってください。些細な悩みでも聞きますので」
「ふむ……ひとついいか?」
奴隷ロクと狩人ゲールはコソコソと話をする。
「なるほどなるほど……ああ、それはショックですね。ちょっとニーヤさんに聞いてみます」
「頼む」
奴隷ロクは薬師ニーヤのところに行くと深刻そうな顔で話を持ちかける。
「ニーヤさん、加齢臭に効く薬って作れますか」
「加齢……加齢臭かぁ……」
「おいロク! 明け透けに言うんじゃない!」
「どのみちバレるんですから」
「それは……」
「ふむ、それは本当に加齢臭で合っているのか?」
薬師ニーヤは狩人ゲールの問診を始める。
「……この前、息子夫婦のところ行ったとき孫娘に生臭いと言われてな」
「なるほど……ひょっとしたら加齢臭じゃないかもしれませんね」
「どういうことだ?」
「ゲールさんは狩人ですからね常に獣臭いのかもしれません。動物と触れ合う機会のない町人の子供なら尚更のことです」
「だからと言ってこの仕事を辞めるわけには」
「なので、衣服の獣臭を取る洗剤を作りましょう」
「洗剤? 水じゃダメなのか?」
「ダメだから孫娘に臭い言われたのでは?」
「そうだな……そうか」
「体臭の改善は難しいせいぜい人と会う前には体を洗うとかそれくらいだな。だが衣服の臭いなら何とかなる」
「何とかなるのか」
「ただ悩ましい問題でもあるんだ」
薬師ニーヤはため息をつく。
「今ある衣類用洗剤は不快な臭いを消すために芳香成分を入れているんだ」
「それは困る。山の生き物は鼻が利く。変な臭いが付くとこっちは仕事にならない」
「そうなのだ……参ったな……ふむ……」
「臭いを他の臭いで誤魔化すんじゃなくて臭いそのものを消す必要があるってことですかい?」
ロクが話をまとめる。
「芳香剤は洗剤そのものの独特の臭いを消すためでもあるし……オーダーメイドとなると値段が普通の洗剤の倍以上になってしまう……」
「無理することはねえ。孫も大人になればわしらのような仕事もあることを理解してくれる」
「……すまない。直ぐには思いつかない」
「腕の良い薬師とは言えなんでも出来るとは思っちゃいないさ」
「む……その言い方は悔しいな」
「悪かった」
「いや実際思いついていないのだから言われても仕方ない。すまないなゲールさん」
「いいさ、また来る」
「ああ、すまんな」
狩人ゲールは店から出て行った。
「じゃあ、アタクシもトヒの街で漁の仕事があるので行って参りますね」
「おー、そう言えば。午後からだったか」
「ええ、朝に仕掛けた網を夕方に取り込むそうです。そのお手伝いを」
「気を付けることもないが、早めに帰ってこい」
「わかりました。遅いようでしたら夕食はお先に」
「早く帰ってこい」
「仰せのままに」
奴隷ロクは一礼して薬屋から飛び出していった。
薬師ニーヤははぁとため息をついて髪の毛先を指でクルクル巻き付けて遊ぶ。
それから店番をしながら頭の中で狩人ゲールに合う消臭剤のレシピを考える。
「匂いか……」
薬師ニーヤは目を閉じて今まで読み耽ってきた文献をまぶたの裏に映し出す。
答えはどこかにあるはずだがそれを手に取ることが出来ないもどかしさだけが残る。
「思えば……知識だけの人生だったな。魔族が人生というのは言い回しとしてどうなのだろう……まぁいいか」
魔王時代も座学と少し戦闘訓練だけで家の中で出来る魔法の鍛錬と実験ばかり、実のところ薬師ニーヤは世界を知らない。
それは奴隷ロクも同じだが、彼の方が幾分か世界の見え方のディティールが細かい。
高いところから花畑を覗き込む薬師ニーヤと土の高さから花々を見上げる奴隷ロク、ある意味でお似合いの二人なのかもしれないと薬師ニーヤは皮肉気味に笑う。
「あの朴念仁は私の気持ちなんざ感じても考えてもいないのだろう」
薬師ニーヤは奴隷ロクを偽装のためだけに夫に仕立てたわけではない。
相応の気持ちがあってのことだったが、奴隷ロクは一向にそれに気付かない。
気付かないまま一緒にいる時間だけがダラダラと過ぎ去っていく。
「この私から言うのは……癪だがしかし……仕事のことを考えよう」
狩人ゲールでも使える洗剤のレシピを考える。




