7話「スノウシフルの肌事情」
薬屋は今日ものんべんだらりんと営業している。
寒さが歩を寄せているのはわかっているが、それにしても今日はやたら寒いと村でも話題になっていた。
というのも、スノウシルフのうら若い女性が薬屋を訪ねて来ているからだ。
「スノウシルフ、珍しいお客ですね。お探し物は?」
薬師ニーヤは寒さを堪らえて接客をする。
幸い思ったことを次から次へと垂れ流すおしゃべり木偶の坊こと奴隷ロクは領主の弟様とどこかに行っている。
「肌の、ケア、が、したく、て」
言葉がぶつ切れに聞こえるのはスノウシルフの種族特性のようなものでそもそも喋るという文化がないのだ。
スノウシルフは発達した魔力を使い魔法による念話のようなものを基本としているからだ。
その物静かさと雅びな造形とは裏腹にスノウシルフたちのとある性質によって魔族の中でも忌み嫌われる。
「肌ですか」
「私、たち、皮膚、苦手、だか、ら」
「なるほど……それなら化粧水という保湿に優れた美容品があります。お試しになられますか?」
「おね、がい、します」
「こちらへお座り下さい」
店の中にある椅子にスノウシルフを座らせると薬師ニーヤは試供用の化粧水を運ぶ。
「これを手に取って顔に塗ってみて下さい」
薬師ニーヤはスノウシルフの手に化粧水を垂らす。
垂らした傍から化粧水が凍り見事な氷柱が出来上がった。
スノウシルフが忌み嫌われるのは、自分の意志に関係無く周りを凍らせてしまうこの性質にある。
厳密に解説を入れるならば、熱を魔力に転換する能力があり周囲の熱を奪って魔力に変えてしまうのだ。
これにより何でもかんでも氷漬けになりまともに生活できなくなる。
故にスノウシルフたちは温暖な場所を求めて流浪の旅をする種族でもある。
そんなスノウシルフたちを言い表す言葉がこれだ。
生きた厳冬。
「やっぱりダメですね……ふむ……今あるものは全部主材料が水ですから簡単に凍ってしまいます」
「ここでも、ダメ、ここも、ただの、くすり、やさん」
残念そうにスノウシルフは表情をくすませた。
「…………三日後またいらしてください。なんとかしてみせましょう」
「本当?」
「ええ、お約束します。この私にお任せ下さい」
スノウシルフは少し笑って頷いて店を後にし、空高く飛んでいった。
「………………やってしまった」
この薬師ニーヤ、ただの薬屋と煽られてつい啖呵を切ってしまった。
つまり完全にノープランである。
「どどどどどうするかここここここはお茶でもももももも」
寒さのせいか緊張のせいか狼狽える手でティーポッドを傾けるが茶は既に凍りきっており逆さまにしても茶葉すら落ちてこない。
「あーあーあーあーあーあーあー!!!!!!」
己の見栄っ張りに嫌気が差すこともなかったが今日ばかりは完全にやらかしており自暴自棄になっていた。
「もういっそ魔法で……いや魔王とバレてしまう……どうするか……どうしよう……どうしよう……」
それから試作を繰り返すこと二日、薬師ニーヤが納得出来るものはなかった。
寝ずに試作を繰り返し目の下はくまで真っ黒になっている。
「ただいま戻りました……ニーヤさん!?」
「ロクか……遅かったな」
「ちょっとモンスター退治に行ってましたいやぁまさか二日通しになるとは思いませんでしたよ。それよりどうしたんです? 髪はガサガサ目はくまだらけで」
「スノウシルフ向けの保湿剤を作ってるんだが……これが中々上手く出来なくてな」
「へえ……スノウシルフが何かわかりませんがそれは大変ですね」
「何か良い物があればいいんだが」
「良い物かはわかりやせんが、帰り道行商から面白いものを買いましてね」
奴隷ロクは手に持っていたガラス瓶を見せる。中にはどろりとした黒い液体が入っている。
「なんだそれは?」
「炭油ってもんらしいです。土の中から湧き出て畑をダメにするらしく。で、火を付けると燃えるんですよ」
「なんだ炭油か……炭油ぁ!」
薬師ニーヤは炭油をかすめ取ると精製を始める。
「炭油で何するんです? まさかそれを使って薬を作るんじゃ――」
「この炭油は様々な成分が含まれいて、その一部がスノウシルフに使えるかもしれない」
浮遊魔法で炭油を浮かせると精製魔法を使い次々に取り出したい成分により分けていく。
「へえー、凄いですねニーヤさんどんどん色んなものに別れてますよ。魔法ってのは簡単便利なもんですねえ」
「何を言っているロク。これはやってることは地味だが魔法操作の中でも超絶テクニックだ。無論この私なら容易いことだがな」
「流石ですねニーヤさんは」
「もっと褒めてもいいぞ」
「わーすごーい。すごーい」
「感情を込めんか痴れ者!」
薬師ニーヤは炭油の精製を終えると各素材をガラス瓶に収めていく。
その中にある白い塊を指でさっと取り手に馴染ませる。
「これなら使えそうだ」
「なんですかこれは?」
「ワセリンというものでな油の一種なんだが匂いもなくて保湿能力に優れている」
「ワセリンですか。見事に真っ白ですね」
「この白さは精製魔法の技能が最も試されるところでな。下手な奴がやると黄色っぽくなったりくすんだりするんだ」
「へえーじゃあこれはそういう意味では貴重品なんですね」
「そうなるな、商品名はどうするか……」
「輝く白さですしサンホワイトってのはどうです?」
「ふむ悪くない。ではサンホワイトと命名する!」
自信満々な顔でサンホワイトを軟膏容器に収めて蓋をする。
翌日。
「こん、にちわ」
スノウシルフの若い娘が来店する。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」
「それ、で、薬、できま、した?」
「どうぞこれを。手に取って塗り広げて下さい」
サンホワイトの蓋を開けて差し出す。
スノウシルフは指ですくい取ると手に馴染ませる。
「これ、で、いい?」
「ええ、しばらくすれば効果がわかると思います」
「そう、でも、確かに、しっ、とりする」
「これ自体は肌を潤すものではなくあくまで水分が逃げないようにコーティングするものです。もちろんスノウシルフの体温でも凍らないです」
「いい、これ、いい、ね」
「お気に召しましたか?」
「はい、これ、下さい」
「お買い上げありがとうございます。1万リントになります」
現時点でこのレベルの純度でワセリンを精製できるのは薬師ニーヤただ一人であるため金額としては妥当ではある。むしろ破格の安さではあるが一般的な感覚で言えば高いの一言に尽きる。
「……高い、ですね、流石、特注品」
「……まぁ今回は試作も兼ねているので5000リントでいかがでしょうか?」
「それ、なら、うれし、い」
「改良品が全種族に適用できるようになればまとまった量を作れるようになるのでもっと安くなりますよ」
「宣伝、して、みる。という、こと?」
「察しが良くて助かります」
「わか、った」
スノウシルフは5000リントを支払うと嬉しそうに店を出て行った。
「ふう……なんとかなった……」
薬師ニーヤはこの一件で少数種族向けにも専用の薬を作ってくれる薬師がいると噂が広まり厄介な案件が持ち込まれるようになったりならなかったりする。




