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6話「拳と汗、竜の肉」

 一擲ライゼは珍しく、自分の家に帰る。

 大きな館、四方は鉄の格子が囲い手入れの行き届いた庭園に噴水、どこにでもある貴族の館。

 そこにあるおよそ領主の息子の部屋とは思えないほど整然、いやこの場合は何もない部屋。

 あるのはとあるモンスターから作られた軽さを重視した防具と一振りの重槍、広く膨らんだ穂先に付与魔法による折れることを忘れた柄、派手さはなくただひたすらに無骨で戦場でこそ映える武器だ。

 

 一擲ライゼが所有する武器の中で唯一にしてこれ以上が無いと思えるほどの槍だ。

 

 これならばあの地竜を――。

 

「お久しぶりです。またお力を貸して頂きます」

 

 槍を手に取るとずっしりと重たい穂先に体を持って行かれそうになる。

 

 一擲ライゼは鎧を着替えると槍を担ぎ上げて獣の皮で作られた槍袋に刀身を収める。

 

 

 そして、地竜にリベンジを果たしに向うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「なっ……」

 

 一擲ライゼは驚嘆した。何せ昨日のお礼をしようとイルユ村に立ち寄ったら、(くだん)の地竜の解体で村が騒いでいたからだ。

 

「あ、ライゼさん」

 

 村長アネリが歩み寄って一礼する。

 

「アネリ村長、あの地竜は?」

「今朝、ロクさんが死体を見つけたんです。たぶんライゼさんの抵抗でかなり弱っていたんじゃないかって。ほらもっと凄い貴族の方もいらしていたと聞いております」

「あ、いや、僕は――」

 

 

「あー、みなさん! 地竜を討伐した英雄殿ですよー!」

 

 

 奴隷ロクが大声村人達を呼び集める。


「だから、僕は――」

 

 一擲ライゼはあれよあれよと村人達が囲んでいるレンガで作られた簡易的な焼き台に連れられる。

 

「今丁度地竜の肉を食べようという話をしていたんですよ」

「え、ロクさんあれ食べるの!?」

「村の狩人ゲール爺さんが言うには結構美味いとのことですよ」

  

 一擲ライゼは薬師ニーヤが面倒見ている肉塊を見つめる。

 炭焼きの香ばしい匂いに滴る肉汁は、あの巨体と力を想像できないぐらい柔らかそうだった。

 

「ライゼ様、地竜の背ロースのローストございます」

 

 薬師ニーヤはナイフで肉塊をちょうどいいサイズに切り分けると香草を塩を合わせたミックススパイスをひとつまみして皿を一擲ライゼに差し出す。

 

 おそるおそる肉を自分の口に運ぶと一擲ライゼは目を丸くした。

 

「うっま! え、竜ってこんなに美味しいの!?」

「魔族は割とポピュラーな食べ物ですね竜は」


 薬師ニーヤはパクパクと地竜の肉を口に運んでいる。奴隷ロクは熱さなんてないのか焼きたての肉塊を手づかみでかぶりついている。


「え、そうだったんですね……」

「肉は滋養強壮、内臓や頭は薬になりますし、鱗や牙や爪は武具に使えます。肉は腐ってしまうのでこうして食べているのですが、鱗や牙はそちらに渡しましょうか?」

 

「……討たれた証として欲しいかな」

「承知しました」



 

「……ニーヤさん、ロクさん、ちょっといいですか?」

「どうかしましたか?」

「少し話しが、そのお二人だけで」


「……はぁ……ロク、店に戻るぞ」

 

 一擲ライゼ、薬師ニーヤ、奴隷ロクは薬屋に戻る。

 

 

「地竜を倒したのはあなた方お二人でしょう?」

「違います」

「違いますねえ」


「僕は裁天秤の女神エルグロリアの祝福を受けたことがあります」

 

「その祝福を受けられるのは人間でもごく一部、ハッタリだな」

 

 薬師ニーヤは即答する。

 

「流石ですね。魔王様」


 流れるように一擲ライゼは褒めちぎる。


「ふん、このぐらい造作も……あっ」

「やっぱり……生きていたんですね」

「……き、聞き違いだ。魔法様々と聞き間違えた」

「あと僕は本当に裁天秤の女神エルグロリアの祝福を受けたことがあります」


「………………ロク、逃げる準備をするぞ」

「わかりやした。ライゼさん。あなたをここで消します」


「まーって! 僕は別に君たちをどうこうしたいわけじゃない。ただ知りたかっただけで!」

「何が欲しい? 家督は全部妹が持っているからこの店以外私には何もないぞ?」

「要らないよ。あ、でもポーションの卸売りの契約は別で」

「あ、それなら構わない……ではなくて!」

「えっと、この件について僕は何も知らないことで通すし他言もしない。魔王ニーヤが生きてる時点で今の政治体制がグチャグチャになるし……」


「それもそうだな。しかし辺境貴族の子供がよくそこまで見えているな」


「これでも僕、十四騎士相当だし」

「十四騎士!? あの十四騎士……」

 

 薬師ニーヤは客用の椅子に倒れ込むように座り頭を抱える。




「あのぉ、ニーヤさんがしばらくダメそうなので聞きますが、十四騎士ってなんですか?」

「毎年行われる貴族とか騎士階級の人間が戦うお祭りで十四騎士祭って言うんだけどその上位十四人に与えられる称号みたいなもんだよ」

「へえー……てことは戦争していたニーヤさんはさぞ頭を悩ませた存在ってことですね」

「まぁ……そうなるね。十四騎士はみんな強いからね。あっ僕は戦場には出ていないから魔族を殺したことはないよ。グウィンディル領はそもそも魔族の交易を率先してやっているしね」

「へえ……だいぶ強そうですけど意外と温和なのですね」

「かなり強い自負はあるけど、僕は十四騎士祭出禁になったし辺境の貴族は蔑ろにされるもんだから」

「出禁って、何やったんですか」

「現国王の子供を忖度無しでボコボコにした」

「あちゃー……」

「僕は加護の関係で手加減できないからね。一回戦で失格。だけど裁天秤の女神エルグロリア様から祝福を特別にね」

「その祝福ってなんです?」

「特別な力、加護とほぼ一緒の意味だけど僕の家は先天性なら加護、後天性なら祝福で通しているよ」

「いいですねえ加護。アタクシも何か持っていればいいのですが実感はあんまりないですね」

「教会に行けばわかるかもですが魔族って教会に行ってよかったんだっけ……?」

「それ以前に」

 

 奴隷ロクは顔に刻まれた奴隷の入れ墨を指差す。


「すまない。失念していました」

「いえいえ」



「で、ライザさんあなたの加護は?」


 しれっとメンタルを持ち直した薬師ニーヤが質問する。


「火雷撃の軍神エルフィアンです」

「エルフィアン、となると一撃必滅の加護か」

「ええ、一撃の後に全てを終らせる。最初の一撃に絶大な力の恩恵を受ける加護です」

「なら手加減出来ないな。手を抜けば加護は不発になりその戦いで本気を出すことが出来なくなるわけか」

「そうなんですよ。訓練でも手抜きができないので……」

 

 一擲ライゼはわざとらしく手抜きというワードを強調する。


「なるほど。確かに手抜きが出来ないな。貴族からは出る杭、相手にはして貰えない。せいぜい面倒な奴の世話擦り付けて些細な不祥事を理由に陥れる。なるほどなるほど」

「今のでそこまでわかるのですね」

「伊達に一国の主ではないぞ?」


「ねえねえニーヤさんどういうことか教えて貰えます?」

「ロク、この男は秘密をばらさない代わりに、自分の腕磨きにこの私を指名してきたということだ」

「あー、加護で本気を出さないといけない。本気を出すと誰も勝てない。でも強くなりたいから自分よりも格上の相手が欲しいってことですね」

「その通り。確かにこの私なら今のライゼさんくらいなら軽くひねり潰せるが、一度でも魔力を解き放てば人間達が血相変えてこの村に派兵してくるぞ」

「あちゃーそりゃあ大変だ。ライゼさん今回はご縁がなかったということで」


「であれば、上に報告するしかないですね」

「安心してくれ丁度良い遊び相手だろ? そこの男なら好きに使ってくれて良い。どうせ大した稼ぎもないしな」

「えー、雑用と村のお手伝いをしてますよ」

「金にならん。それなら貴族の遊び相手になるほうが実入りがいいぞ」

「へえ、実入りが……いいですね」

「決りだな」


「あの……失礼ですがロクさんは何者でしょうか」

「ただの奴隷ですよ。奴隷闘士。化け物とか人とかに戦わされたもんですよ」

「奴隷闘士は奴隷の中では実入りが良いと聞きます。だから解放奴隷になれたんですね」

「概ねその通りでございますよ。昔は腕を鳴らしたもんですがまぁ失敗も多いので泣かされたこともたーくさんございますが」

「……少し手合わせを」

 

 奴隷ロクは薬師ニーヤを見る。悪い笑顔で許可を出す。


「では家の裏で」

「はい」

 

 

 薬屋の裏庭に出る。裏庭は薪割りなどの雑多な仕事をするための

 ロクが手入れをしているため地面は十分に押し固められ敷地には枯れ草もない。

 

「いい天気ですねライゼさん」

「そうだねロクさん」

 

 一擲ライゼは重槍をそっと地面に置くと鎧を脱ぎ、上着を脱ぐ。


「武器も鎧もつけなくていいのですか?」

「これなら死人も出ないからね」

 

 右拳をグッと固めて誇示する。


「いいですね。シンプルだ」

 

 奴隷ロクも上着を脱いで双方向かい合う。


「ルールはどうしやす?」

「気絶するか参ったと言うまで」

「手加減はどうします?」

「安心して加護は使わないよ」



「おっと失礼、私がどれくらい手加減すればいいでしょうか?」


 奴隷ロクはわざとらしく一擲ライゼに尋ねた。



「手加減なんて要らないよ奴隷さん」

 

 一擲ライゼはニッと笑って奴隷ロクを煽る。

 

「ではよろしくお願いします」

 

 双方の拳が突き出され軽くコツンと重ね合わせる。

 この瞬間、お互いに相手の実力が生半可なものではないと魂が理解する。


 その上で、それだからこそ互いに力をぶつける価値がある。

 

 

 一擲ライゼは軽やかなフットワークと踊るようなステップでロクの懐に入る。

 

 腕どころか背中の筋肉すらも倍ほどに膨れ上がり一気に解き放たれる。

 比喩なしで槍の一撃、それを奴隷ロクはノーガードで受け入れる。

 

 肉を打ったと思えない音が響く、文句なしの一撃が奴隷ロクの腹を突き破らんと更に押し込められる。

 

「へぇ……加護なしでこれですか」

「これで三割って言ったら?」

「両手を挙げて降参したいですね。まぁそれを赦してくれるほどあそこの二本角は優しかないですがね」

「奥さんだっけ、このままだと良いところ見せられないと思うけど心折れないでね」

「ご冗談を! 全力のを下さいな。その明け透けな煽り文句ごと鼻っ柱を追っ手差し上げましょう」

「じゃ、遠慮無く――」

 

 魔力がほとばしり、神性を帯びる肉体は髪の毛すら短剣の切っ先にさえ思わせるほどの殺気を纏う。

 

 一撃必殺の加護、次の攻撃が一擲ライゼの一擲たる由縁。


「エルフィアンよ。我が乾坤一擲の矜持お納め下され――」

 

 赤茶色の髪が天を衝く。

 雷電の足跡、火花の残像が眩く煌々と迸る。 

 一擲ライゼの拳を奴隷ロクは目で捕らえることは出来なかった。

 

 

「天才ってのはいるもんですね。悔しいですが」

 

 

 拳が腹を穿つその刹那。

 

 奴隷ロク、否。

 

 蛮勇ロクは息を吸い、全身の神経を腹に集中させ、筋肉の鎧を膨らませる。

 

 鉄が赤熱してしまいそうなほどの熱気に目が眩む。雷電と共に放たれし一撃、当然のように重く、画然たる破壊、誰もがその一撃を前に唖然とする。

 

「お美事」

「……マジか」

「ではこちらの手番でよろしいでしょうか?」

「……ご自由に」

 

 冷や汗一筋、けれども軽口は止めず。一擲ライゼは蛮勇ロクの握りこぶしを見据える。


 放つ。見る。避ける。しかして頬からは汗ではなく血が一筋描かれる。

 

「おや、避けちゃいますか」

「武器は無しのつもりだけど?」

「アタクシの得物はいつだってこれ(素手)ですぜ。生まれた時から鍛えた自慢の逸品です」

「いい得物をお持ちみたいですね」

 

 一擲ライゼは呟くと蛮勇ロクの水月から肋骨の裏側を掴む。

 蛮勇ロクはその腕を毛ほども気にせず左拳を突き出す。

 

 一擲ライゼは拳を寸でのところで避けると蛮勇ロクを持ち上げて地面に叩き付け、腕を掴み捻り関節を極める。

 蛮勇ロクは猫のように体をぐにゃりぐにゃり動かして技を解くと一擲ライゼの腹を蹴り上げる。

 飛行魔法でも使ったかのように空を舞い上がる。

 

「あだぁ!」

 

 地面に叩き付けられてワンバウンドしてから一擲ライゼは変な声を出してよろよろと立ち上がる。


「いかがです?」

「文句なしです」

 

 一擲ライゼと奴隷ロクは握手をしてお互いの肩を叩いた。


「魔王を上に報告するより、全力で殴り合える方がよっぽど楽しい。今度冒険者ギルドで討伐系の仕事やってみない?」

「ええ、お金になるなら喜んで」

 

 こうして薬師ニーヤの正体はまだ完全にはバレずに済むのだった。



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