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5話「地竜」

 

 一擲ライゼは地竜よりも同じかそれ以上に強い。

 だがそれはあくまで万全な一擲ライゼと訓練された精鋭たちがいればの話だ。

 

 地竜は二階建ての家と同じほどサイズで動きも素早い、飛竜のような様々なブレスを吐くわけではないが、威圧する咆哮と体に積載された筋肉から生み出される力は城塞を瓦礫に変えるほどとも言われる。

 

 縄張りを持たず土地を転々とする生態系からいつどこで繁殖しどこまで移動するのかも研究ができていない現状。

 それに加え、巨大化した地竜が現われる度に討伐隊が編成され貴族達は戦争の代わりに竜の討伐で名を挙げようと武器を手に取る。

 

「パウロ公爵子息、既に地竜が居る場所ですお気をつけ下さい」

「うるさい」

「申し訳ございません」 

「辺境伯風情が気安くボクに指図するな」


 バウロ公爵子息、本名は王都でも指折りの名門のアルトライズ公爵家の一人息子である。

 名門の一族だが、随分甘やかされていたのか一擲ライゼの印象はクソガキの一言に尽きる。

 

 それでもこのクソガキを護衛しなければ一家郎党斬首になるので渋々一擲ライゼは鎧を身に纏い、重たい槍と重たい盾を握りしめて山道を歩いている。

 さらにクソガキは、鎧が重い、武器が重い、山道が険しいと文句を垂れるばかりでその小言全てを一擲ライゼに八つ当たりをしている。

 

 一擲ライゼは地竜の情報からパウロ公爵子息がその巨躯を目の当たりにすれば心が折れて帰れるだろうと高をくくっていた。

 岩が顔出し草木が斜面にへばりつくような場所を抜けると少し平らな場所に出た。この当りまでくると冷え込みが激しく鎧が氷のように一擲ライゼと討伐隊連中の体温を奪う。 


「おお、あれが地竜か、思っていたほど大きくない。これなら鎧は不要だな」

 

 パウロ公爵子息は一擲ライゼに持たせていた不釣り合いな剣をかすめ取ると剣を抜いて地竜との間合いを詰めた。

 

「お待ちください!」

「構うな! あの程度であれば一人で十分!」

 

 人ほどの大きさの地竜、四つ足で地面を捕らえ頑丈な外殻を持ってはいるがまだ素人が太刀筋をつけられるレベルだ。

 

「討伐隊諸君! 公爵子息をいつでも守れるように! あれは(くだん)の地竜じゃない。おそらくその子供だ!」

 

 一擲ライゼは勇み進むパウロ公爵子息を追いかけるために盾を捨て槍を両手に握り加速する。

 地竜の子供を斬り付けて五分五分の戦いを見せるクソ雑魚っぷりに頭を痛めながら一擲ライゼはパウロ公爵子息に追いつく。

 

「どうだ見たか! 地竜などこのボクにかかればこの程度さ――」


 

 大地が鼓動する。

 低いうなり声を山々が反響させる。

 

 

 パウロ公爵子息は空を見上げる。

 巨岩に爪と牙、縦長の目に睨まれたパウロ公爵子息は体を震え上がらせた。

 

「これが地竜――」

「パウロ公爵子息失礼します!」

 

 己が命よりも重いこのクソガキの襟首を強引に引っ張るとそのまま討伐隊のいるところまで投げ飛ばす。

 

「クッ! ッソ!」

 

 クソガキにかまけて地竜の牙が一擲ライゼの右の指先から上腕にかけてを捕らえる。

 一瞬で鎧はひしゃげ、骨は砕け激痛が一擲ライゼの意識を奪おうとする。

 左腕に持っていた槍ではリーチが近すぎるため投げ捨て拳を固める。

 貴族とは思えない雄叫びを上げながら拳を地竜の鼻先にめり込ませる。

 

 鼻先の衝撃で右腕が牙から免れる。槍を捨ててそのまま討伐隊のところへ戻る。

 

「ライゼ団長……大変だ」

「撤収準備、全力で逃げる!」

 

 あっけらかんと腰を抜かせているパウロ公爵子息を起き上がらせると一擲ライゼは左手で頬を叩き正気に戻す。

 

「パウロ公爵子息! 逃げます! いいですね?」

「わ、わかった!」

 

 こうして討伐隊は地竜を足止めしながら撤退した。

 途中で一擲ライゼと負傷した部下は部隊の速度が遅くなるとパウロ公爵子息に足止めで残るように命令されさらに負傷を重ね、トヒの街へ戻る体力すら失うことになった。

 

 だが、奇跡的に炭焼き山と呼ばれる山の麓を通る際にイルユ村の住民に発見され薬師ニーヤのところへ運ばれた。

 

 



 ここから薬師と奴隷の物語に戻ることとなる。

 

 

 

「ロク! 怪我の重い人間から処置室に運べ! 軽傷者は村長の家で回復魔法を! とにかく応急処置だ」

「わかりやした!」


 ロクは重傷者を処置室に運ぶ。真っ先に運ばれたのは一擲ライゼだった。


「ライゼ様、私は魔族ですが医者として試験を突破しております。これからあなたの腕を手術しますがよろしいですか?」

「頼むよ、骨がグチャグチャだけど元に戻せる?」

「……最悪は腕を切り落として再生魔法で腕ごと再生させますので」

「え、それ特級回復士でも難しい技だけど」

「私をただの薬師と思わないで頂きたい。超優秀な薬師なんで」

「薬師の領分を超えているような気もするけど」

「ではいきます。麻酔を打ちますね」

「待って……朝までにトヒに戻りたい」

「では麻酔無しでいきます。ハチャメチャに痛いので耐えて下さい」

「……うん」

 

 討伐隊員曰く、一擲ライゼがあそこまで悲鳴を上げたのは初めて見たとのこと。

 ニーヤは熟れた手つきで指先から上腕までの骨と神経をつなぎ合わせて回復魔法をかけながら筋肉や筋を修復する。

 およそ三十分で手術を終らせる。

 

「こんなの初めて見た……ニーヤさんあなた一体何者なんですか……」

「超超超優秀な薬師です」

「……確かにこれなら四倍濃縮ポーションも作れますね」

「あれ、そのまま服用するものですからね。薄めないで下さい」

「え?」

「え? じゃないです! どうして皆あれを薄めるんだ!」

「確かに味が薄いなぁとは思っていたけど……」

「そのまま飲んでも美味しいように味もこだわって作ってるんです!」


「そうだったんですね。でもあなたのポーションのおかげでここまで戻って来れました。ありがとうございます」


「衛兵駐屯地の常備薬にどうです? 今ならお安く色々な薬を卸しますけど?」

「検討するよ。というかトヒの街で医者にならない?」

「回復魔法は教会の許可が取れないので」

「あー……回復魔法の管轄は聖職者ギルドか……魔族禁忌だね」

「今回は緊急対応とのことで回復魔法を使いましたが聖職者ギルドに目をつけられると面倒なのであまり言いふらさないようにお願いします」

「うんわかったよ」

「それでは他の者を治療いたします」

 

 薬師ニーヤは一瞥して他の者の治療に向った。




 三時間程で重傷者の治療が終りひとまず歩けるレベルまで回復した。

 

「ニーヤさんアネリさん、本当にありがとうございます。皆を治療するのにさぞ魔力を消費されたでしょう。近いうちに相応の報酬をお出しさせていただきます」


 一擲ライゼは深々と頭を下げる。


「ええ、楽しみにしております」

「イルユ村の村長として成すべきことをしたまでです」 


 薬師ニーヤも笑みを浮かべて一擲ライゼ一行を見送った。

 彼らがケシ粒ほどまで小さくなるまで歩みを見送ると二人は帰路についた。

 

 

 

 薬屋に戻るとロクが床に腰掛けて暇そうにしていた。


「終わりやしたかニーヤさん」

「いいやまださ」

「……てことたぁ、あれですかい?」

「今から登山といこうじゃないか」

 

 薬師ニーヤと奴隷ロクは村を静かに抜け出した。

 

 晩秋の夜は暗く冷たいが微かに残る生き物の気配が匂う。

 黒曜石にも似た鱗に覆われ、鉄の剣を易々とはじき返す。咆哮をひとつ上げるだけで人間から戦意を払い落とす怪物。

 

 それが地竜。

 

「さてロク、久々だが体は動くか?」

「もちろんですよニーヤさん、朝ご飯のメニューでも考えてて下さい」


 薬師ニーヤと奴隷ロクは周囲を見渡す。

 地竜と死んだ子竜、それと魔族のゼニスと人間だけしか動物と呼べそうなものはいない。


「この私、魔王ニーヤの手が要らぬと申すか。蛮勇ロクよ」

「ええ、魔王様この程度勇者のアタクシひとりで事足ります」

「ほう、ならなぜ店で待ってて下さいと言わない」

「えー、だってひとりで登山なんて寂しいじゃないですか」

「貴様そんな理由でこの私を歩かせたのか」

「良い運動でしょう?」

「まぁお前と散歩は悪くない……と思う」

「じゃあアタクシはちょーっと追加の運動してきます」

 

 蛮勇ロクは靴を脱ぎ、上着を地面に脱ぎ捨てる。

 

「下も脱いでいいですか? 汚したくなくて」

「破れたらいつでも縫ってやるから着たままでいい」

「はーい」

 

 まるで祭りにでも行くかのように軽い足取りで地竜の眼前に歩み寄る。

 

「おー、こりゃあデカイ。闘技場じゃあこんなデカブツ入りませんからね」

 

 地竜は咆哮を蛮勇ロクにぶつける。

 だが即座にその口は閉ざされる。


「五月蠅い――」

 

 魔王ニーヤは手癖で魔法を発動させ、地竜の口を閉ざす。


「あ、ニーヤさん」

「……すまんつい」

「もー、しょうがないですね」


 指をパチンと鳴らして魔法を解除すると地竜の口が大きく開き蛮勇ロクを頭から飲み込もうとする。

 迫り来る牙、眼前にして蛮勇ロクはそっと手を前に出す。

 

 口先を手で押さえると地竜の動きがピタリと止る。

 

 否、蛮勇ロクの足先を見ると地面が沈降していた。地竜の膂力は健在であったが、それ以上に蛮勇ロクの左手の方が遥かに上だった。それだけである。

 

「御無礼、恨んでもらって結構ですので」

 

 蛮勇ロクは右手を地竜の口の中に入れて上顎を粉砕しそのまま脳みそまで突っ込みそのまま白い塊を引き抜く。

 しばらく地竜はひきつけ起こしそのまま息絶えた。

 


「お見事! 流石はロク!」

「お褒め頂きありがとうございます」

「これだけ綺麗な状態で狩れたんだからかなりの素材が取れるだろう」

「やっぱ金ですかい」

「当たり前だ金は大事だぞ」

 

「ですがニーヤさん、これだけの地竜を倒したらアタクシたちのことばれちゃいませんか?」


「…………」

 

「ニーヤさん?」

 

「…………まった」

 

「まった?」

 

「しまったあああああ! すっかり忘れていた。一般的に地竜は嵐と同じようなものだった。つい私の尺度で推し量ってしまった!」

 

「ニーヤさん!? これどうします?」

「おおおおお落ち着けロロロロク」

「まずはニーヤさんが落ち着きましょう」

「わた、わたたたしは冷静だ。冷静そのものだ。ちゃんと頭は冷製だ」

「冷えちゃってますねえ……」

「と、とりあえず地竜の死体はイルユ村まで持っていって……そうだ討伐が弱らせて時間差で死んだということにしよう。こう魔法的な何かで死んだという感じで。いけるきっと大丈夫。頭は薬に使うということで私たちが回収すればいい」

「大丈夫ですかね?」

「だ、大丈夫だ。こういうのは勢いが大事だ。最悪苦手な闇魔法で錯乱状態にしてなんとかしよう」

「なんとかしてくださいね」

「ま、任せろ」

 

 この後、それはそれは大騒ぎになるのだった。



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