4話「ビジネスチャンス」
トヒの街の衛兵駐屯地にて兵士達があくせく働いている。
受付のような場所で薬師ニーヤが表情をコロコロ変えて何かを話しているのをぼんやりと奴隷ロクは馬車の近くで眺めている。
街がいつも以上に慌ただしいのは最近地竜が近隣に現われそれを討伐するために討伐隊が結成されたからだ。
荒事には怪我が付きもので怪我をするとなれば薬が入り用になる。
またとないビジネスチャンスに薬師ニーヤは店の在庫を全て馬車に積めて衛兵駐屯地に赴いたのが事の経緯となる。
「おい、お前!」
若い衛兵の一人が奴隷ロクの方に大声を向ける。
「……」
「そこの奴隷!」
「…………」
「お前だよ! 聞こえているのか!?」
「……あ、アタクシですか?」
「そうだよ! どうして奴隷がここにいる?」
「この馬車の荷物番です。奴隷でもそれくらいの仕事はするのをご存じでしょう?」
「ここはお前のような薄汚い野郎が来る場所じゃねえ! とっとと失せろ!」
「すみませんね。飼い主が戻りましたらすぐに消えますんで」
奴隷ロクは受付のような場所で口論している薬師ニーヤに視線を向けている。
「まったく、奴隷の扱いも知らねえ魔族が薄気味悪いんだよ」
「……」
奴隷ロクは言い返したい気持ちをグッと抑え込み黙って薄ら笑いを保つ。
「何とか言え!」
「すみませんねえ」
「こいつ……ッ!」
衛兵が飄々とした奴隷ロクの表情が癪に障ったのか握りこぶしを振り上げる。
「やめるんだ」
茶色の髪に爽やかな顔、それでいてはっきりとした強さを感じる好青年が衛兵の腕を掴む。
「ライゼ団長!?」
「無抵抗の人間を殴るなんて度し難い事だ」
「団長こいつは奴隷ですよ」
「奴隷がなんだ。無抵抗を示している者に暴力を振う。それは人の道に反する行いだ」
奴隷ロクも一擲ライゼの噂は聞いた事がある。ここら一帯の領主の弟で立派な貴族の出身。
だがその性格は貴族にしては自由奔放で無鉄砲、庶民からすれば真面目で情に厚い男で有名だ。トヒの街を気に入っており、街の半グレや不良たちを自らボコって軍門に降らせている。
その甲斐あってかトヒの街は平和そのものである。
一擲ライゼに叱られた若い衛兵は無言のままその場を去っていった。
「すまない。こちらの指導不足です」
「あははは、アタクシは気にしておりません」
「僕はライゼ」
「アタクシは……ただの奴隷です」
「奴隷、それも解放奴隷なら名前あるでしょう?」
「生まれた時から奴隷身分なんで名前なんてございません。でもまぁ何かと不便なので皆さんからはロクって呼んでもらっております。碌でなしのロクで覚えて下さい」
「碌でなしですか。それにしては真面目に荷物番をしているように見えますが」
「アタクシのお給金はこの荷物の売れ行き次第なもんで、それにアタクシの飼い主は頭に角を生やしたお方なので」
「なるほど、それな熱心になるものですね」
一擲ライゼは奴隷ロクの飼い主が怒りっぽいと解釈した。
「にしても、いいんですか? かなり身なりが良いように見えますがアタクシのような卑しい身分の者に声をかけて」
「僕はそういうのに興味ないからね。まぁ、領主の兄さんからは貴族らしくしろってうるさいけどね」
一擲ライゼは肩をすくめる。
兄でいいところを領主の兄と言うところ、家族に尊敬を持っている表れであると奴隷ロクは理解した。
「そうですか変わり者ということはよくわかりました」
「そうだね。でもここは僕の一族が収める場所だ。街の全て知り尽くしてないといけないと思っているんだ」
「それは素晴らしい。お貴族様ってのはみんな地位に鼻をかけて庶民を見下して歩き回っているものだと思いました」
「そう言う手合いの人の方が多いよ。ぼくは……なんていうかそう言うのは合わないんだ」
「アタクシと同じですね」
「それは褒めているのかな皮肉っているのかな?」
「おひめになられているんですよ」
「おひめ……ああ、どっちもってことね」
「おっとこれしきのジョークで首をバッサリするのは勘弁してくださいね」
「しないしない」
他愛もない談笑を続けていると受付で表情をコロコロ変えていた薬師ニーヤが明るい表情で荷馬車に戻ってきた。
「おや、これはこれはライゼ様ではありませんか。お初にお目にかかりますイルユ村の薬師ニーヤでございます」
薬師ニーヤはスカートの裾を持ち上げて一礼する。
「あなたは……魔族、それもゼニスがどうして?」
「荷物を取りに」
一擲ライゼは少し間を空けて奴隷ロクの言葉を思い出す。
「ふっ、なるほど確かに頭に角を生やしたお方ですね」
「ん? ロク、何か吹き込んだか?」
「いいえニーヤさん、アタクシの主には角があると言っただけです」
「本当かロク?」
「ええ、そうですよねライゼ様」
「はい、確かに含みありましたが角のある方が主と言っていましたよ」
「ほう、なるほどなるほど」
薬師ニーヤはにんまりと笑って奴隷ロクを双眸で捕らえる。
奴隷ロクは苦い笑顔を振りまいて誤魔化している。
「しかし、魔族の主に人間の奴隷ですか、なかなか変わったお二人ですね」
「一山いくらの男です。荷物番には丁度いい」
「へえ、ロクさんが一山で買えるような奴隷商がいるならぼくにも紹介して欲しいですね」
「衝動買いのようなもので奴隷商の顔もよく覚えておりません」
「そうですか」
「ええ、お力になれず申し訳ございません」
「いえいえ、それよりゼニスと人間と言うと貴族の間でこんな与太話がありましてね」
「与太話?」
薬師ニーヤは目を細める。
奴隷ロクは静かに一擲ライゼの挙動に目を光らせる。
「魔王ニーヤが倒されてもう十年が立ちますが、この魔王討伐には裏があるという噂です」
「まさか私と魔王様の名前が一緒だからでしょうか? 私の名前は魔王様にあやかってつけられたものです。生まれた時期も同じですからね」
「いえいえ、そこは疑っていませんが、どうしても想起してしまうのは人情ってもんですよ」
「して、その噂とは?」
「実は選ばれし三勇者は本当は四人でその四番目の勇者が魔王を倒して他の勇者は魔王討伐の遠征すら出ていないというものです」
「それは面白い与太ですね。勇者を侮辱すると貴族と言えど罰が下りますよ」
「こんな辺境でそこまで聞き耳立てている者はいりません」
「壁に耳ありといいますよ?」
「ぼくはこの街な麦一粒の動きまで調べられますよ。ご安心下さい」
一擲ライゼは大げさに言うが、その目の奥を見た奴隷ロクは決して誇張ではないと直感的に悟る。
「それでも与太にしておきましょう」
「どうも。ああでも、その隠された四番目の勇者は奴隷の身分だそうですよ」
「……ロク、よかったじゃないかお前のような身分でも勇者になれるそうだ」
「そりゃあいいですね、アタクシも魔王様に一発入れて奴隷身分からおさらば、遊んで暮らせますね」
「ハハハハハ」
薬師ニーヤは乾いた笑いを続けた。
「どれも根も葉もない話です」
一擲ライゼは穏やかな笑顔を浮かべている。
「愉快な話をありがとうございます。では我々は納品がありますのでこれにて」
「ええ、近いうちにイルユ村に行きますのでまた。地竜は我々が必ず討伐いたしますので……と言いたいですが公爵家の方が功績欲しさに私を護衛としてお使いなるので、私は地竜と矛を交えることはできないでしょうが……」
「護衛も立派な職務です。地竜討伐に際しこちらもポーションを格安でお渡ししておりますのでお役立てください」
「ええ、ありがとうございます」
一擲ライゼは薬師ニーヤと奴隷ロクに一瞥するとその場を去って行った。
「いい男じゃないか、私が現役なら真っ先に登用したい男だ」
「ニーヤさんが褒めるなんて、そんなに強いんですか?」
「……私の奴隷ほどじゃないがな、だがロクの力を見抜いたぞ」
「そうですか……ただ話をしていただけじゃなかったんですね」
「あれで腕が立つのだから、さぞ出る杭は打たれるだろうに。それを気にしないとはいいじゃないか」
「その通りですね。それでどうします消しますか?」
「いや、別にバレても秘密にしてくれるだろう」
「初対面でよくそんなこと言えますね」
「この私を誰だと思っている」
「はいはい」
「さぁて、ロク」
「はいニーヤさん」
「仕事に戻ろう」




