3話「解放奴隷ロク」
秋風と共に聞き慣れない音が僅かに奴隷ロクの耳を撫でた。
「あら、ここで飲んでいるなら呑兵衛に来ればいいじゃない」
風を集めて足場にしている村長アネリは夜空の上を闊歩する。
緑の瞳は夜の暗闇でもしっかりと奴隷ロクを見据えている。
「おや、村長さんではありませんか」
「薬屋の奴隷さん、たしかロクさんだっけ?」
「ええ、奴隷のロクでございます」
「でも青の入れ墨は解放奴隷でしょ」
「村長さん、奴隷の階級ってのはご存じでしょうか?」
「知ってるわよ赤色が服務奴隷、青色が解放奴隷でしょ?」
「ええ、仰る通りでございます」
「服務奴隷ならまだしも解放奴隷は実質一般市民みたいなものでしょ?」
「いやそれは違います」
「違う?」
「所謂、一般市民には人権というものがございますが奴隷は解放奴隷になったとしても人権は与えられず、法そのものが奴隷を人として扱わないのです」
「でも、この村ではそれを気にする人は居ないわよ?」
「……例えば、同じ食事の席に奴隷がいたとして、うっかり酔った勢いに何か失礼をしてしまい、それが大事になればどうなるでしょう?」
「どうって……」
「アタクシの首はシュっとおさらば、そういうことですよ」
「……ごめなんさい、私知らなくて」
「いいんですよ村長さん」
ロクは酒を一口、流し込む。
「ロクさんはどうして奴隷に?」
「産みの親が奴隷だったらしいです。奴隷の子は奴隷ってことでアタクシも奴隷です」
「じゃあ悪い事をしたわけじゃない? 奴隷って大体は犯罪とか多額の借金をしたりとかって聞いたから……」
「いやぁ? そんなことはございません。アタクシも足は洗いましたし赦しはもらっちゃいますが人族も魔族も獣も殺しました」
「…………」
「アタクシは奴隷の中でもそれなりに花形である闘士をさせていただきました。コロシアムの穴で死ぬまで戦わせるんです。幸いアタクシは滅法腕が立つもんですから今日まで生き残れやした」
「それは無理矢理ってことでしょ」
「そりゃあ、殺したくて殺したいわけじゃあありませんが、では殺し合いが嫌だったか、そう聞かれればなんとも言えません。戦いの中に楽しみを見出していなかったか、それもわかりません」
「…………そうなのね」
「イルユ村の方々はみなさん優しいですからね、万が一でも傷つけたくはありません」
「なら大丈夫! てっきり性根まで悪党かと思ったけど全然いい人じゃない!」
「はは……人、ですかい」
「あなた人、私はエルフだけど」
「どうもどうも、それなら次があるならお邪魔します」
「言ったわね! 絶対よ!」
「はい、村長さん」
清酒を口に運ぶ。
「おーい、ロク! 帰ったぞ」
地面に目を落とすと頬を赤らめてご機嫌なニーヤが顔を上げている。
「ニーヤさん」
屋根から一足で飛び降りると涼しい顔でロクは出迎える。
「いい夜だ」
「奇遇ですねアタクシも同じ事を考えていました」
「そうか、であれは?」
ニーヤは空に向って手を振る。
「あー、お節介ですかね」
「嫌なら言伝しておこう」
「大丈夫です。ただ優し過ぎるのが心配なだけで」
「そうだな……今日は楽しかった。皆温かい」
「一回会っただけで?」
「わかるさ。この私ならな」
「そうですかい」
「何を話しているのかしら?」
村長アネリが二人の近くに降り立つ。
「いやぁなに、ここの村長さんは大変に可愛らしいお方だとニーヤさんに教えてあげていたんです」
「そんなこと言われるまでもないと返したさ」
奴隷ロクと薬師ニーヤは村長アネリをからかう。
「もー、絶対嘘じゃない」
「ふふ、今後もよろしく頼む村長アネリ」
「ええ、二人ともようこそ、イルユ村へ!」
奴隷ロクと薬師ニーヤは笑顔で返事する。
村長アネリは安堵した表情を浮かべて手を振った。
「本当にいい村だな、アネリはああみえて意外と行動的で村に貢献しているし彼女を慕っている村人も多い。流れ者の我々も受け入れてくれる」
「へえ……もっと閉塞的なもんだと思っていましたが」
「まぁ……それでもひとつやふたつ秘密があるみたいだしな」
「アタクシたちみたいな?」
「どうだかな、詮索なんて必要になるまでよしておこう」
「そうですね。アタクシたちは変わり者の夫婦で薬師の魔族と解放奴隷ってだけですね」
「薬師の魔族ではない超天才薬師の魔族だ」
「経営と商人のスキルはイマイチですけどね」
「うぅ……あれはこの私の感覚と一般人の感覚が少しだけズレていただけさ、今は売れ行きもいいだろう?」
「そうですね、四倍濃縮ポーションは作ったそばから売れています。みなさん味が薄いって言ってますが」
「あれは! そのまま! 飲むものだ! なんでみな用法用量を読まない! 間違った使い方ばかりするんだ!」
「なんででしょうね。いっそ薄めて使う濃縮ポーションでもつくったら良いんじゃないですかね?」
「なるほどそれはいい、早速作ってみよう」
しばらくして薄めて使う正式な四倍濃縮ポーションが作られた。
が、使用者たちからは通称『八倍濃縮ポーション』と呼ばれることになったのはそこまで時間を必要としなかった。
後に薬師ニーヤと冒険者達の間生まれポーション濃縮戦争の始まりに過ぎなかった。
翌朝。
「うぅ……ロークー、水とポーションとって……」
「飲み過ぎですよニーヤさん」
「昨日の記憶が全然ない……」
「はしゃぎすぎですよ」
「でもご飯もお酒も美味しかった……何食べたか覚えてないけど」
「ニーヤさん……まったくあなたって方は……」




