2話「初めましてイルユ村」
「ごめんください」
可愛らしい女の声、奴隷ロクは直ぐに小姓のように手を擦り合わせながら視線を合わせた。
金髪に碧眼、長い耳の美少女。年齢詐称ババアで有名なあの種族エルフだった。
「おや、誰かと思えば村長のアネリさんではありませんか」
「ロクさん、薬屋はどうと聞く前に、なんだかすっごく失礼な紹介をされたような気がするのだけど?」
「へぇ、気のせいでしょう。アタクシは小姓のように両の手を擦り合わせているだけです」
「そうには全然見えないけど? 小姓じゃなくて故障の間違いじゃない?」
「ありゃこりゃ辛辣、まるで胡椒」
「まったく誰が上手いことを言えと言ったのだ?」
店の奥にある調合室から薬師ニーヤが顔を出す。
「どうもニーヤさん」
「ああ、これはこれはアネリさん。今日はどのようなご要件で?」
「前に売ってたポーション、あれをトヒの街に卸したら結構評判がよかったのよ。四倍濃縮ポーション」
トヒの街、ここイルユ村の近くで一番大きな街になる。
イルユ村は月に一度、トヒの街かクゾマの街に村で出来たものを卸している。
薬師ニーヤも宣伝がてら自慢のポーションを卸したところ奴隷ロクの謳い文句も一緒になり四倍濃縮ポーションとなった。
これが思いの外売れており、ニーヤは金とプライドの狭間で苦しんでいるわけでもあるが。
「あれは薄めて使うものではないのだが……」
「え、巷じゃ八倍希釈でも効果があるって言われているけど」
「用法用量を正しく守って欲しいものだ」
「当面は無理そうね」
「これではせっかく薬師試験を通った意味が無いではないか」
薬師ニーヤは店内のカウンター側の壁に吊してある額縁たちを見つめる。
薬師、医術師、魔法師、付与魔術師などの各種資格証を見てため息をつく。
「村医者が来たと思えばこっちとしては嬉しい限りよ。急病人がいないわけじゃないから」
「急病人がいるなら言ってくれ。こう見えて私は医者としても働ける。まぁ教会から許可をもらっていないから回復魔法を使うと嫌な顔をされるが。最悪死霊魔術もできなくはないぞ」
ブラックジョークを言う薬師ニーヤに苦い笑いを返す村長アネリであった。
「で、アネリさん今日は何用でしたっけ?」
奴隷ロクが話を戻す。
「ああ、そうそう! せっかく二人が移住してくれたのだから歓迎会でもと思って。今日の夜、呑兵衛に来て貰えるかしら?」
「呑兵衛……ああ、竜人がやってる店だな」
「そーそー、よろしくね二人とも」
「私はご厚意に甘えることにする。ロクはどうする?」
「アタクシは遠慮しておきます。解放奴隷とは言え奴隷と肩を並べるなんざ気分の良いものではないでしょうし」
ロクはそう言うが、表情は誘って貰えて嬉しいようだった。
「えー、別に気にしないって」
「アネリさん、世の中は怖いもんですよ?」
「まぁ無理強いはしないわ。席は用意しておくから気が向いたら一杯だけでも」
「ええ、ありがとうございます。お礼にこの四倍濃縮ポーションをどうぞ」
「あらどうも」
「こらロク!」
「いいじゃありませんかニーヤさん、これから酒が飲めるんですよ」
「……まぁ今のは目をつぶる」
「そう言う事ですのでアネリさん、ではまた」
「ええ、じゃあまた。ポーションありがとうございます」
アネリは店を出て行った。
「ロクも顔を出せばいいではないか」
「ニーヤさん、どれだけ口で言っても奴隷は所詮奴隷なんですよ」
「…………そうだな」
奴隷ロクは入れ墨をなぞりながら静かに笑う。
「ええ、そうですとも。でもまぁあのエルフさん随分子供っぽいですね。何百才なんでしょうね」
「あ、あの子は私より年下さ、ついこの間酒が飲めるようになったとか」
「……ありゃー、通りでアタクシにも優しいわけですね。可哀想なことをしてしまった」
「最近の若者は奴隷制度にいい感情を持っていないからな」
「そりゃあいいですね。アタクシみたいなのが減るなら世の中も平和になるでしょう」
「まぁ、奴隷階級がなくなる差別がその上の階級へとしわ寄せがくるだけだが……」
「もー、ニーヤさん夢もへったくれもないこと言わないでくださいよ」
「夢か……」
薬師ニーヤは瞳をほんの数瞬だけ曇りがかかる。
「ニーヤさん終った話ですから」
「そうだな」
「歓迎会、楽しんできてくださいね」
「わかった」
夕刻、薬師ニーヤは飯屋兼酒場にしてイルユ村唯一の食事処『呑兵衛』に足を運ぶ準備をしていた。
「どうだ?」
「どうって、何がです?」
「服装とメイクさ」
「何もしなくても美人ですよ」
「そう言う事を聞いてるんじゃない」
「こりゃ失敬」
「まぁいい、では行って参る」
「はーい、お気をつけて」
「うむ、ああそれと――」
薬師ニーヤはくるりと回って奴隷ロクを両目で真っ直ぐに見つめる。
「それと?」
「ロク、秘蔵の酒飲み過ぎるなよ?」
「こりゃあ、失計」
「では、そんなに遅くならないうちに帰る。戻らなかったら一晩中私を探し回ることだな」
「仰せのままに、魔王様」
「ロォークゥー?」
「冗談ですよ」
「あとで覚えておくんだ」
「ご勘弁を」
「……まぁよい、では」
奴隷ロクは薬師ニーヤを見送る。
しばらくその背中をぼんやり眺める。それから店仕舞いの支度を始める。数刻してようやく終わり支度を整えると、自室に隠していた酒を片手に二階の窓から屋根に上がる。
月夜と秋口の寒さ、それから降ってしまいそうなほどの星々、耳には木々の擦れる音色が踊る。
酒は清酒と呼び、魔族の国はその東にある鬼という種類の魔族が醸造する特別な酒で、材料に米を使っている。
イルユ村は魔族との交易が比較的多い地域であるためこのような変わった酒が手に入る。
ロクはこの清酒がいたく気に入り、薬師ニーヤの目を盗んではチビチビと体に隠している。
「アタクシは奴隷、なのにこんな贅沢して良いんですかねえ」
小さくぼやく、奴隷の頃には夢にさえ見ることが出来ない自由で穏やかな生活に奴隷ロクは正直戸惑っていた。
決して今の生活が嫌なのではなく、ただ身に余る幸せが消化不良を起こしているだけに過ぎない。
これが奴隷ロクの日常になり溶けて当たり前になっていく。それが何よりも欲しいのにも関わらずいざ手に取れば取った手が堪らなく重たい。
「酒は酔えないのに、ああでもこの酒は止められない」
気分良く酒を飲む。
「夜空と星を肴に飲む酒は格別ですね。ますます一層に酒が美味くなります」
奴隷ロクは独りぼっちだがすこぶる気分がよかった。




