1話「赤字の薬屋」
「ロクぅーーー!」
「どうしやしたニーヤさん?」
不健康そうな青だか黒だかわからない髪色に擦れた目つきでけだるけな表情、顔と手足にある奴隷の青い帯状の入れ墨の男は狐のように笑う。
奴隷の入れ墨の青というのは飼い主に幾何かの銭を献上し首輪を取って貰った奴隷。自由こそあれど奴隷であることに変わりは無い。
一方で、同じテーブルに相席するは見事な双角。
下向きに伸びた紅玉でも削り出したかのような赤々とした双角、黄金を絞り出したかのような瞳、色気のある体つき。
一目で魔族、それも魔族の中の魔族たるゼニスとわかるが、滲み出す雰囲気にはどこか近寄り難いところがある。
「まったく! 薬が売れない!」
見た目とは裏腹にかすかに苛立ちを込めた声で奴隷ロクに相談を投げている。
薬師ニーヤと奴隷ロクはお気楽そのもの。まるでこれからピクニックにでも行きそうなそれだった。
深刻そうな薬師ニーヤ、お気楽者の奴隷ロク、なんとも相席相手がちぐはぐな二人組だった。
この二人、これでも夫婦でしかも辺鄙な村に最近越してきた変わり者である。
薬師ニーヤは自分で調合したポーションをマホガニーで拵えた陳列棚にひとつひとつ丁寧に並べて全てを一律で銀貨一枚としていた。
使用している薬草も薬師ニーヤが手ずから厳選したもので自慢の一品に他ならなかった。もちろん銀貨一枚というのは効果を考えれば破格と言い切れる。
それでも一向に品物が売れる気配はなかった。
自信満々で売り出したポーションが小瓶ひとつも売れない事態に薬師ニーヤは頭を抱えていたのだ。
奴隷ロクはそんな薬師ニーヤをなんとかしてやりたいと思っちゃいるが所詮は奴隷の脳みそ、妙案が出るならそれこそ薬師ニーヤがとっくに出している。
「すいやせんねニーヤさん。アタクシのチンケな脳みそじゃ何にも出てきそうにありません」
「……すまないロク、ひとつも売れなかったらとんでもない赤字になるが覚悟してほしい」
「また奴隷に戻ることになりそうですね。アタクシはまぁそれでも昔みたいに奴隷闘士として働けますけど」
「うぅ……」
「ですが、ニーヤさんが娼婦としてお勤めしているのはなんとも複雑な心になりますよ。曲がりなりにも命の恩人なんですから」
「だがしかし……どうしたものか」
「ふうん……ところでポーションはいくらで売っているのですかい?」
「そこに書いてあるであろうに」
「ニーヤさん」
「ああそうだった。すまないロク。1万リントだ」
「5万リント!? ニーヤさんそれじゃ買い手なんかつきませんよ」
「なにゆえ!? 10万リントでも安いくらいの性能だぞ!?」
「ニーヤさんいいですか? 人族の国の日雇い労働者、通称冒険者でも必死にお勤めしたところでひとつき10万リントです」
「ふむ、ということは冒険者の月収の1割と同じということになるのか」
「ええそうです。ちなみにここいらで市販されているポーションは5000リント、粗悪品で500リントくらいですね――」
「だったら安いではないか!」
「ニーヤさん!?」
「このポーションの原材料ひとつとっても冒険者の給料じゃとてもじゃないが買えない値段をここまで抑えているんだ買えば買うほど得ではないか!」
「ニーヤさん……冒険者は今日食う飯にも事欠くんですよ。欲しいのは薬は薬でも飯に彩りを添える薬味くらいでしょう?」
「つまりもっと安くしろと?」
「ええそうです」
「できる! わけ! ない! だろ!」
「えぇ……じゃあ、このポーションを水で、そうですね四分の一ほどに薄めたらどうなります?」
「効果は四分の一ほどに下がってしまうな」
奴隷ロクはすかさずポーションを水で四倍に薄めて瓶に詰め直した。
「痴れ者! 何をしている!? それは薬とは呼べぬただ傷が癒える味付き水だ!」
「なるほど!! 流石ニーヤさんの薬ですね! 四倍希釈でも効果があるとは!」
奴隷ロクは薄めた小瓶を両手に抱えて店を飛び出る。
謳い文句はこうである。
「こちらは試供品、本物はこれの四倍の効果がある薬、本当なら10万リントがひつようですがそれを2500リント! 買い時は今しかない! やれ戦だのやれ魔物だのやれ盗賊山賊海賊に襲われるかわかったもんじゃない!」
こう言いふらしたところ、村人たちは試供品の効果に驚き、もし何かあったらと考えが過ぎると十人いたら一人くらいは買ってもいいかなと思ってしまう。
多少の損失はあったものの、なんとか大赤字は免れることができたのだった。
あまり良いスタートをは言えない、奴隷ロクと薬師ニーヤ夫妻のスローライフが始まった。
ポーションのレシピ
※地球の素材で作れるもので味を再現したものです
※回復効果はありません
レシピ
ジン…………………………… 30ml
パルフェタムール………20ml
レモンジュース…………15ml
シュガーシロップ………10ml
炭酸水………………………75ml




