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18.強がりな君

 四人の男女が肝試しと称してとある山奥の廃村に訪れていた。そこはとある惨劇が起きたと噂される場所で、今では地図にも載っていないゴーストタウンと化した村。山一つ越えた先に人の住んでいる小さな集落があるが、夜も更けた今となってはもう戻ることも難しい。

 匿名掲示板で廃村の噂を知った若者たちは彼らの年代特有の危険な冒険心で肝試しにやって来たのだった。廃村に入るまでは浮かれていた彼らであるが、村に入ってからは村全体の物々しい雰囲気に当てられ、すっかり口数も減ってしまっていた。

 しかし皆、自分から「もう戻ろう」というのは恥ずかしいらしい。皆口を閉ざしてだらだら歩いているうちに、いつの間にか最奥部の大きな社へと足を踏み入れていた。


「おい、ここなんかやばくねーか。」


 とうとう先頭を歩いていた男がしびれを切らして口を開いた。彼の一声により堰を切ったように彼らは今いる場所の雰囲気の異常さを確かめ、全員でもう十分だという結論を出しかけていた、まさにその時であった。


「あれ、ケンジ?ねぇケンジがいなくない?」


一番後ろを歩いていた長髪とタンクトップから覗く白い肌が印象的な美少女が顔を蒼白にして言った。今この少女は一行の最後尾にいるが、この村に入って来た時は彼女の後ろにもう一人いたはずである。しかし今、一番後ろを歩いていたはずのお調子者な少年はまるで煙のように消えてしまっていた。見合わせた全員の顔が強ばっていく。やがて一人が何かを発見した。


「あ、あそこに誰か人がいなかった?ねぇそこの!ケンジなの?」


ガサガサガサッ

 建物の裏手側の方で何かが動いた、彼らはビックリして一瞬肩を上下させる。


「なんだよ今の。おい、もうここから出ようぜ!」

「も、もしかしてケンジ?あいつイタズラだとでも思ってんなら趣味が悪すぎだろ。」


 お調子者のケンジならそんなこともやりかねない。彼らは最後の勇気を振り絞って何かが動いた社の裏手へと近づいて行った。裏手は薄暗く先頭を歩いていたリーダー格の少年は持っていたライトを点灯させる。転ばないよう足元を照らすと。少し先に誰かの白い足が見えた。


「おいケンジ、お前いったいどういうつもり……」


 なんだよ、と先頭の少年がライトでその人物の顔を確かめようとライトを首元へと持ち上げていく。


「ひぃ!ゆ、幽霊!」

「ちがっ!落ち着け、これただの人形だ。」


 ケンジだと思って近づいた”それ”は黒い着物を着た女性の人形だった。あちこちに赤い模様が入っており、胸には何か黒い毛玉のようなものを抱えていた。ライトが人形の顔を照らすと、


彼女は笑っていた。口や目から赤い血を流しながら。


 人形は抱えていたものをぽとりと落とした。それは二番目を歩く少女の足に当たって止まる。彼女がそれを確認するために顔を近づけた。それは冷たくなったケンジの……。



『きゃぁぁ!!』


「きゃっ。」


 テレビから聞こえてくる夜を切り裂くような悲鳴よりも、だいぶ可愛らしい悲鳴を上げて娘のユイカは僕の腕に縋り付いてきた。しばらく目を閉じていたが、音や登場人物たちのセリフから緊迫した情景を連想してしまうのか僕の腕を掴む手にも力が入っている。画面には視聴者の恐怖心を煽るように人形の背中に『まずは一人目』と書かれた和紙が貼り付けてあった。

 やがて彼らはその場から逃げ出して場面転換した。怖さをより鮮烈にしていたBGMが鳴りやんで、娘はようやく恐る恐る強く閉じていた目を開いた。


「……。」

「大丈夫?ムリならチャンネル替えてもいいんだよ?」

「だ、だいじょうぶ大丈夫。いきなりきてビックリしちゃっただけで、あ、あんなの作り物だって分かってるんだから……あはは。」

「いやいや分かっていても怖いものは怖いでしょ、もうここから録画して後で父さんが一人で見てもいいんだけど……。じゃあ観るの嫌ならすぐに言ってね?」

「もうシュン君たら心配しすぎよ。私、怖いの別に苦手じゃないんだよ。」


 リビングのソファで僕と娘は一緒に座ってホラーの映画を観ていた。明らかに強がっていながら隣から離れようとしない彼女をちらりと見た。どうしてこんなことになっているかと言えば、話は十分ほど前に遡る。





「ふぅ、いい湯だった……。」


 暖かい湯で疲れを癒し風呂から上がった僕は、リビングに戻るとソファに体を預けてテレビのスイッチを入れた。まず映ったのはバラエティ番組。最近よく見る芸能人が楽し気に話す声が静かな部屋を暖めた。しかしあまりバラエティに興味が無かったので少し見た後チャンネルを回す。ドラマか映画があればいい、そう思いながら回しているといつもは見ない局でやっていた番組でリモコンを操作する手が止まった。

 回想シーンなのか薄暗い中、怨霊が一昔前の格好をした人々の前に現れるシーン。下手するとわざとらしくなってしまうような恐怖シーンだが、出演者たちの迫真の演技で緊迫したものになっていた。

 しかし、それよりも僕の目に留まったのは出てきた怨霊の方だった。演じている女優さんは僕の知るものと違うようであったがこのメイクはよく覚えている。番組表を確認すると、やっぱりよく知っている映画だと分かった。それは怖いものが苦手だった妻と学生の頃に一度だけ観に行ったホラー映画だ。

 なんの映画か事前には伝えず、ちょっと驚かせるつもりで一緒に観に行ったのが当時流行っていたこの映画の第一作。ホラー系がダメなのは知っていたが、吊り橋効果だとかそういういやらしいことを考えて連れて行った結果、ユカは本気で泣き出してしまい彼女と初めての大げんかをした。一週間ほど経って仲直りはできたが、二人の間で二度とホラー映画を観に行かないという絶対順守の約束が出来たのであった。

 僕の妻がホラー映画は絶対に観ないと固く誓ったきっかけとなった当の映画であるが、登場人物たちの好演や、何より怨霊役の女性の怪演により国内ですさまじいブームを巻き起こし、続編が作られていった。

 ユカと喧嘩して以来ホラー映画は男友達や一人で行くようになった僕であるが、その作品だけはなんとなく敬遠してしまい、結局観ることはなかったのだけれど。しかし最近、その映画がリメイクという形で劇場に帰って来たのである。学校の忙しさや何やらと言い訳を付けて結局映画館には行きはしなかったが、ずっと気にはなっていた作品であった。

 昔のことを思い出しながらぼんやりと怨霊が村人に襲い掛かる様を観る。学生時代、まるで何かに憑りつかれたように映画を見ていた頃に比べて、自分も随分変わったものだと思った。

 怨念役の女性は当時に比べると迫力に欠けているところも感じられたが美人な役者さんにもかかわらず鬼気迫る演技はうまく、なかなかにハマっていると思う。あらゆる作業の手を止めて風呂上がりの時間を過ごしていると、部屋に戻ってテスト勉強をしていたユイカがリビングへと入ってきた。


「あ、シュン君お風呂あがったの。じゃあ洗濯物、ってシュン君何見てるの?ホラー?」

「ああ、ちょっと懐かしいものをね。」

「あ、知ってるこれ!昔やってたものの新作でしょ。それにこれってシュン君が母さんを泣かせたものじゃない!」

「な、何で知ってんのさ……。」

「だって私はあの人の生まれかわりなんだもん。だからシュン君、私今高校生だけど16になったら、」 

「はいはい、変なこと言ってないで、テスト勉強しないといけないだろ?」


 しかし娘は何を思ったか僕の隣に座るとそのまま体を預けてきた。


「テスト勉強はもう終わってるよ。だからちょっと息抜きさせて?」


 そんなわけで娘と二人仲良く映画を観ているのだ。妻とは二度と一緒に怖い映画を観ることは叶わなかったので、なんとなく懐かしい気持ちになる。




「……私別に怖いの苦手じゃないんだから!」


 小さく震えながらも強がっている娘が思いのほか可愛くて、ついつい意地悪をしたいという邪な思いがむくむくと湧いてきた。その間にも映画の方は話が進んでおり、村から逃げる途中で一人はぐれてしまった少女が廃屋内に入っていた。あちゃーホラー映画ではぐれることも、そのまま単独別行動を始めてしまうこともかなりまずい行動だ。案の定一人目の犠牲者が発見された時と同じBGMが静かに流れ出し、彼女は何かの気配を感じて怯え始めた。

 少女は覚束ない足取りで家の中を探索し始めた。そして壁に掛けられた鏡を横切った時、例の女性人形が窓の外から覗いているのが映る……


「~!!」


声にならない悲鳴を上げて、ユイカは顔を僕の体に埋めた。しかし僕は彼女の体を優しく離す。困惑した顔を見ながら、申し訳なさそうに彼女に言う。


「?」

「ユイカ、悪いんだけど俺ちょっとトイレ行ってくるよ。」

「え、そんなシュン君。」

「ごめんな。ちょっと一人で観てて。」


 彼女は何も言わなかったが、飼い主に怒られた子犬のような泣き出しそうな顔をして僕を見送ってくれた。トイレはリビングを出て風呂場に向かう途中にある。軽いイタズラのつもりだったのでわざとゆっくり歩いたりするようなこともなく、さっと歩いて行って用を済ませた。

 すっきりとした気持ちでトイレから出ると、置いて来てしまったユイカのことが気になって仕方が無くなってきてしまった。

 昔ユイカがまだ幼稚園に入る前、近所の公園にユイカと遊びに来ていた僕は、空になった水筒にお茶を入れて来ようと彼女を一緒に遊んでいた子のお母さんに任せて、ユイカを一人公園に置いていったことがあった。砂場遊びしてる娘が気付かないように、こっそり出て行ったつもりだった。しかし帰ってきた僕が見たのはユイカは砂場でお父さんお父さんとぎゃんぎゃん大泣きしている姿。彼女を見てくれていたお母さん友達に聞けば僕がいなくなってしまったことに気付いた途端泣き出してしまい、家に戻ったと聞くと更に大泣きしてしまったようだ。彼女にとってみれば置き去りにされたと思ったのだろう。

 思えばユイカは僕がそばから離れるとすぐに泣く子だった。幼稚園も入った最初の頃は先生方に苦労をかけたものだ。しかしそんな娘が今のように手のかからない子になったのは、小学校にあがり平日の行事になかなか顔出せなかったあの頃からだろう。彼女は僕に気を使うようになり、僕もそれを気付きながら甘えてしまったのだった。

 そんな彼女をまた置き去りにするのは残酷なこと、はたとそう思ったのであった。


「ユイカ!」


 リビングに戻ると、既に先ほどの少女は画面に無く、残った少年たちが映っていた。ユイカは僕の声に反応せず、向こうを見続けていた。僕が近づくと、


「ううっ、ううっ。シュン君……シュン君……。」


 そう呟きながら振り返ってきた彼女の瞳には溢れんばかりの涙が溜まっていた。慌てて彼女に近づき、その細い体を抱きしめた。可哀そうにユイカは僕の意地悪を律儀に守って、怖いであろうに一人でずっと観ていたのだろう。僕はすぐにテレビを消して謝った。


「ごめんユイカ、そんなつもりじゃなかったんだ。ごめん。」

「だ、大丈夫。シュン君のせいじゃない、から。」

「もう今日は寝よう?部屋まで送ってあげる。」

「うん。……ぐすっ。」


 彼女を部屋へと送るため、一緒にリビングから出た。彼女の柔らかい胸が押し付けられていたが、今日はそのことを注意することもできなかった。部屋の前へとつくと僕は彼女の頭を撫でて、もう一度謝った。


「ごめんね、全部俺のせいだ。ほら明日も早いし、後のことはぜんぶやっておくから今日はおやすみ。」

「……ほしい。」

「ん?」

「ひくっ、その……怖いから寝るまで傍にいて欲しい。今日だけでいいから。」

「分かったよ。今日は特別だから。」


 彼女の後ろからついて娘の部屋に入る。ユイカが僕の部屋に入ることはそれこそ日常茶飯事だけれど、反対に彼女の部屋に入ることは随分久しぶりだ。


「それじゃあシュン君、……おやすみなさい。」

「ああ、おやすみ。」


 部屋の電気を常夜灯にして、僕はカーペットの敷かれている床に腰を下ろした。視界が不自由な分、他の感覚が冴えてきているようで、部屋の匂いとたまに聞こえる布団の布ずれの音がはっきりとしてくる。娘の部屋は清潔ないい匂いがした。思わず目を瞑り息を吸い込んでいると、ユイカが動く音がしてハッとした。我ながらやっていることは変態チックで少し焦る。


「……シュン君起きてる?」

「ど、どうしたの寝れないの?」

「うん。ちょっとお願いしたいことがあるんだけど。」

「何かな。欲しいものがあれば持ってくるけど。」


段々目が暗さに慣れてきて、部屋の物を視認できるようになってきた。座ったまま見上げると机の上にユイカが大切に持っている僕との写真を入れているスタンド型の写真立てが目に入った。


「ううん。違うの、ここにいて欲しくて。ちょっと……。」

「ん?」

「その……」

「?」

「ちょっと手、握っていてほしいなって。」

「なんだそんなこと?そんなの恥ずかしがらなくたってやってあげるのに。」

「うう、シュン君のバカ……。」

「ええ、ごめん?……ほら。」

「うん。ありがとう。」


 手を彼女の寝ている布団に入れると、布団の中で娘が強く握ってきた。顔が見えないからか、いつもは何とも思わないような動作一つ一つが煽情的で、僕は少しドキドキしてしまった。まるで思春期の男子かよと心の中でツッコミながら、少し汗ばんだ手を優しく握り返した。


「シュン君。」


 ユイカは暗い部屋の静けさを守るよう、囁くように僕を呼んだ。釣られて自然に僕の方も囁き声になった。


「どうした?眠れない?」

「ううん。シュン君もこのまま一緒に寝ない?」

「それはすごく魅力的だけど遠慮しておくよ。高校生の娘と一緒に寝る父親ってヤバいだろ。」

「私は別に気にしないよ。私とシュン君以外、誰も見ていないんだし心配ないよ。」

「そうじゃなくてさ、一緒に寝て俺が……いや、なんでもない。」

「え?」


 僕は言いかけた言葉を止めた。一緒に寝て万が一君を襲ったらどうするんだ、そう言おうとしている自分に気付き、少し驚いた。この妙な雰囲気でおかしくなっているのだろうか、最近は少なくなってきた娘の色仕掛け()が今になって効いてきたのだろうか、それとも本当に……


「いやなんでもない、忘れて。それよりほら、手つないでいてあげるから。早くお休み。」

「シュン君の……えっち。」

「……ぐ。」 

「えへへ、でも嬉しい。シュン君も意識してくれていたんだ。」

「それは……」

「……」


 二人で言葉に詰まって沈黙した。やがてぽつりと娘は呟いた。


「シュン君。」

「うん。」

「ホラー映画は、できれば止めて欲しいかな。」

「……そうだな。」


お互いに顔を見ないまま二人手をつないで、夜は更けていった。


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