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13.箱庭のプリンセス

お久しぶりです。

「唯華の機嫌が悪いんだけど、先生とまた何かあったんでしょ?」

「うぇ!?……ってなんだ亮太、じゃなかった後藤か。」


 職員室に戻る僕の後ろに立っていたのは一年生の後藤亮太(ごとうりょうた)。ユイカの幼馴染であり、彼女が僕のことを好きなことを気付いている一人である。むすっとした亮太であったが怒っているというよりは、どちらかというと呆れたような声色で言葉を続けた。


「なんだ、じゃないよ。ウチのクラス、今かなりヤバい状況なんだよ。」

「はぁ……?」

「あ、分かってないみたいだから言うけど、それもこれも全部唯華のせいなんだからな。」


 亮太はビシッと僕の顔に人差し指を向けた。おいおい、教師にそんなことしちゃダメだろう。百歩譲ってそれを許したとしても、指さす相手は僕じゃなくて娘だろう。そんな言葉が口から流れそうになったが、それをせき止めて彼は話した。


「唯華がクラスで人気なのは知ってるだろ……え、知らないの?最近もラブレター貰ってたんだぜ。口には出さないけど狙ってるって人も見ればバレバレだし。」

「ウソ、聞いてないんだけど。」

「まああいつが先生にそんなことは言わないでしょ。ってかあいつのことだから気付いていないのかもしれないけど。……そうじゃなくて!唯華はクラスで人気なんだよ。で、最近あいつ、物思いにふけることが多くなっててさ。クラスの奴らが『好きな男ができたんじゃないか。一体誰だ。』って。もうすぐ体育祭でしょ、クラスがバラバラになった状態は非常にまずいんだよ。」


 話を聞き終わった僕は率直に思ったことを口にした。


「それ、俺関係なくないか?」

「いやいやいや、あいつが物思いにふけった時の原因が100%先生絡みなこと、俺知ってるんだからね?おおかた喧嘩かなんかをしたんでしょ?まあ先生目線で言ったら、あいつが何かやりすぎたのかな。」

「さ、さあどうかなー。あはは」


 あまりにも的確に付いてきたので僕は冷や汗をかきながら誤魔化すことしかできない。というか生徒とこんな話をしていて大丈夫なんだろうか。


「とりあえずさー何があったか分かんないけど、唯華に『好きだよ』くらい言ってやってくれよ。単純なあいつのことだからそれできっとけろりと元に戻るからさ。」

「なんか軽いね!?」


 前々から思っているが、ユイカがいない場所で彼やユイカのもう一人の幼馴染である佐藤美穂(さとうみほ)と話していると娘が彼らの妹のような気がしないでもない。僕から見る彼女はこう、なんというか複雑でどう接していいか分からない存在になっているのだが、彼らにとって娘は単純な存在と言われるのは単に同世代だからだろうか。それとも僕が順調におっさんになってきているからなのだろうか。


「とにかく先生、明日までに唯華の機嫌直してきて。これは俺からの宿題です。」

「え、えぇ。」


 それじゃまた、そう言って娘の幼馴染の少年は教室の方へと走って行った。時計を確認すればいつの間にかもうすぐ昼休みの終わる時間が近づいていた。外に遊びに出ていた生徒たちの、教室へと戻る波に流されるままに僕は職員室へと戻った。



 三年生の職員室に入るとなぜか先に戻っていた山崎先生が奥のソファでぐったりとしていた。体育教師の彼は体育館の体育教官室にいることが多いため、ここの教室にいることは珍しい。


「山崎先生、大丈夫ですか?」


 俺が声をかけるとゆっくりと顔を上げて僕のことを見て、安心したような顔をした。苦し気に顔を上げた姿はまるで映画のワンシーンのようで、笑えるくらいに決まっている。この先生、本当にいろいろと惜しいんだよな。


「ああ、桜井先生。今日は助かりました。良かったらまたお昼一緒に食べましょう。」

「今日はたまたまお昼の弁当を作り忘れてきただけなんだけども。まあまた忘れることがあったらその時はよろしくね。先生もお弁当を持ってくればいいのに。」

「僕は料理はしたことがなくて……。」

「早く彼女を作ってお弁当を作ってもらえってことだよ。」


 その言葉にひどく狼狽する山崎先生。周りにはビクッと反応した先生が何人かいた気がするが、それを彼に伝えて余計居心地悪くさせるのもよくないので気付かなかったことにした。


「さて、もうすぐ昼休みが終わりますよ。山崎先生、次授業でしょ?ほらほら頑張ってきなさい。」

「はい!」


 周りにいた先生が傷心の山崎先生を元気づけて授業へと向かわせている。僕も(主にユイカのことで)悩みごとは尽きないが、彼の悩みを聞いていると面白くて自分の悩みを少し忘れられる。大変な教師という仕事、辛いことは分かち合っていこうじゃないかとこっそり思う僕だった。




 それから一週間がたった。帰りのホームルームの時に、僕は明日から放課後にテスト対策の補習をすることを伝えた。テスト前の補習は二年生の時にも一応実施はしていたが、あまりにも人が来ず、ほぼ個別指導教室のようになっていた。まあ彼らも今年は三年生。昨年よりは危機感を持っているはずだし、より多くの生徒が来ると考えていい、と思う。

 明日が定期テスト一週間前だというのにいまいちやる気の見られない生徒たちに一抹の不安を覚えながらも僕は話を切り上げて、ホームルームを終わりにした。


 テスト前週間と言うことで部活動は全面停止になっており、放課後に学校に残っている生徒をほとんど見かけない。日は長くなったとはいえ、未だ傾くのが早い夕日が差し込む人のいない廊下を歩いて回るが、どの教室もガランとしている。

 テスト前の時期になると教師たちの仕事量というのは莫大に増えるものである。普段の授業だけではなくテスト問題の作成や授業内で使うためのテスト対策問題の作成、それだけでなく提出プリントの評価などもしなければならなくなるのだ。

 僕はある程度の作業を終えると、明日またやろうと自分で勝手に満足して職員室を出た。時計は最終下校時刻の6時を回り、長針が30分を指し示している。真面目な人は10時近くまで残って仕事しているらしいが僕にはとても真似できないと思う。


 運動不足解消のために最近は滅多なことが無い限り車で通勤しない僕は、今日も電車で通勤していた。歩いて駅まで向かい、丁度帰宅ラッシュで混みあった電車に乗り込んだ。

 満員の電車の中で本を広げるわけにもいかず、窓の外の景色を眺めていた。数駅が過ぎたころ、相変わらず満員電車に降りる人よりも乗る人が多いことにうんざりしていると、ホームの椅子に座って眠っているのか下を向いて、電車に乗る様子のない少女が目に入った。別に普段なら気にすることは無いが、僕が気になったのは彼女の着ている制服が僕の見慣れたもの、つまりウチの学校の制服だったからだ。どうかしたのだろうか、とっくに帰ってる時間だと思うのだが誰かを待っているのだろうか。

 やがてぴりりりり、と電車の出発ベルが鳴った。僕は電車の出発時の揺れに備えて手すりを握り直したが、しばらく経ってもなぜか電車のドアは閉まらなかった。車内混雑でドアが閉められないようだ。

 別に急いでるわけではないのだが、なかなか出発しない電車にうんざりしながら待っていると、


ぐすん……。


窓越しでまともに見えているはずもないのに、椅子に座った少女の肩は小刻みに震えているように見えた。


「……。」



『ドアが閉まります。ご注意ください。』


 車輪と線路の擦れる金属音を残して電車は走り去った。僕は誰もいなくなった下りのホームでため息をついた。そして目の前の少女に声をかける。


「ねえ君、こんな所でどうかしたの?」


 なんか声のかけ方不審者みたいだな。しかし彼女は顔を上げるとよく見知った顔が真っ赤になった目を向けてきた。


「シュン君、どうして?」

「ユイカ!?何かあったの?」


 どうして、は僕のセリフだった。娘は今にも零れそうな涙を無理矢理抑えて、娘は僕を見上げている。ああ、これは教えてもらえない奴だな。ユイカが強情な時は自分の弱いところを隠そうとする癖がある。彼女に何があったのかは知らないが、聞かないでおくのがいいだろう。


「まあいいや。ほら、一緒に帰ろ?丁度いいし、帰りに何か買って帰ろうか。」

「……電車で?」

「え?」

「あ、ううん。何でもない。分かった、久しぶりにシュン君と一緒に帰れるなんて嬉しいなー、なんてね。」


 気を取り直したように明るい顔をするユイカはまだどこか無理をしているようだが、それを指摘する前に電車が滑り込んできた。


「ユイカ、あれ乗るから急ぐぞ。」


 僕はそう言って娘を急かして電車に乗り込んだ。相変わらずの満員電車で、僕たちは自然とドアの近くで身を寄せ合うことになった。僕は何とか手すりを確保したが、ユイカはつかめなかったようで、僕のワイシャツの袖を掴ませた。


「相変わらずこの時間の電車の込み具合は尋常じゃないなぁ。ユイカ、大丈夫?」


 娘の様子を窺うと、どこか様子がおかしい。彼女はまるで誰にも伝えたくないかのように小声で僕に囁いた。


「シュン君。……怖い。」


 僕は反射的にユイカと自分の場所を入れ替えて、娘をドアにもたれさせた。両手は彼女の頭を挟む様にドアに付けて、彼女を他人から守るように立つ。これ、ユイカに騒がれたら一発アウトな奴だ、そう思っているとユイカは自分の頭を僕の体に押し付けてきた。小さく縮こまっている所を見れば相当満員電車が怖かったようだ。何があったのかは聞かないが、何をされたかは分かってしまった。


「ユイカ、明日からは一緒に帰ろうか。」


 驚いたように僕を見上げる娘に、僕は一つ大きくうなずいてみせた。親バカ、過保護、そう指摘されて直そうとしたことは何度もあった。でも娘の顔を見るとそんな気持ちは吹き飛んでしまう。



「ホント、ダメな父親だなぁ。」


 僕らの家の最寄り駅の改札を抜けながら、僕はそう独り言ちた。


「そんなことないよ?」


 僕の後ろを付いてきていたユイカは不思議そうな顔をして僕の前に回り込んだ。その仕草が一々可愛くて、でもそれを認めたくはなくて、僕は黙ってポンポンと彼女の頭に触れた。駅にいた時の怯えたような顔は、今では花の咲いたような笑顔に変わっていた。





 次の日の放課後、予告した通りに僕のクラスでは居残りの補習が実施された。……のだが、結局集まったのは二人。それも、


「えーと、それじゃあ補習をしたいんだけど……。」


「なんでいるの……ユイカ?」


 集まった二人の女子生徒は一番前の席で僕を見ていた。一人はうちのクラスの一ノ瀬。彼女は二年生の時もこういった補習には毎回参加してくれたので今回も来るとは思っていた。そしてもう一人は僕の娘(ユイカ)。 一年生の彼女がなぜか嬉しそうに三年生の教室へとやって来たのだった。

あけましておめでとうございます。「可愛い」の言い方について語りたい私です。本年もよろしくお願いします。

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