#14
水沼さんは申し訳なさそうな顔になる。
「説明が下手でごめんなさいね。皆さんに協力していただいた検査というのは、このカビが体内に入り込んでいないかどうかっていう検査なの」
そういえば「異常なし」とは言っていたっけ。
ずっと黙っていた唐澤刑事がゴホンと咳をする。
このタイミングでの咳は、不安を広げてゆくスイッチのようにも感じる。
でもすぐにそれが本当の咳ではないのだと気付いた。
それに続く水沼さんの言葉を聞いて。
「そ、そう。あのね、でもね……感染力は弱いのよ。それに……直接の……原因ではないから」
水沼さんが一生懸命説明しようとしていること。
それは、俺たちを安心させるための真実なのだろう。
赤城の死をきっかけに連れてこられた病院、そして検査。
……あれ?
でも、事件発生から検査まで、妙に早くないか?
「タクマくん」
唐澤刑事が俺を呼んだ。
「……はい」
「君もタバコ、吸うかね?」
察した俺は静かにうなずいた。
部屋を出てエレベーターへと移動する唐澤刑事の後を、俺は黙ってついてゆく。
早朝だというのに、院内は忙しない足音がいくつも響いている。
エレベーターに乗り込み「R」階のボタンと「閉」ボタンを押した後、唐澤刑事は口を開いた。
「タクマくんは気付いたようだが、実は今回見つかった例のカビなんだが」
「……はい」
「見つかったのは、君たちが最初ではないんだ」
やっぱり。
でも、その別に発見された状況のことを聞くことができないまま、エレベーターは屋上階に着いてしまった。
その話の向こうに「死」が隠れていそうで。
話は途中のまま、患者には明らかに開放されてない雰囲気の廊下を進む。
「関係者以外立入禁止」と書かれた紙の貼られた重たい鉄の扉を開けると、エアコンの大きな室外機が立ち並ぶ視界の悪い空間があり、小さな灰皿が置いてあった。
唐澤刑事は自分のタバコを一本分けてくれ、ジッポーライターの火をこちらに向ける。
今日の風はさほど強くなく、すぐに嗅ぎなれたタバコの臭いが肺の中に広がってゆく。
肺……。
そう、肺。
肺の中から見つかったカビ。
熱に弱いんだっけ。
なぜかいつもより多めに吸い込んでしまう。熱を含んだ煙を。
そう、カビだよ。
「……あの、さっきの続きですが」
「ああ」
唐澤刑事は待っていたかのように頷く。
「新種が発見されたのって……」
どんな事件で、という言葉を慌てて呑み込む。別に事件とは違うかもしれないから。それでも聞かずにはいられなかった。赤城の事件の真相が知りたいし。
「その話をする前に一つ。このことを彼女らには言わないであげてほしい。私は医者ではないがね、まだ不安定なように見える」
彼女らってのは山瀬と青戸さんのことか。
「……わかりました」
また、煙を深く吸い込む。
沈黙していると空気が重くなる。
その沈黙に割り込んだのは、唐澤刑事ではなく、不意に頬に感じた温かいものだった。
涙?
……ああそうか。
俺の中で、俺の心の真ん中が赤城の死を認めちゃったのか。
俺は今になってようやく、赤城の死にしっかりと向かい合えたのかな。
溢れる涙が止まらない。
哀しくて、悔しくて。
どうして、赤城だったのか。
どうして、赤城はああなってしまったのか。
俺は赤城のためにできることをしよう。
してやるのだ。
「風向きのせいかな。やけに煙が沁みる、な」
そう言って向こうを見つめる唐沢刑事。
「……はい」
それだけ答えるのが精一杯で、俺はずっと泣き続けてしまった。
「あ、ここでしたか!」
若い医師がやってきて、唐澤刑事といくつか言葉を交わす。
「ああ、タクマくん。帰ってもよいそうだ」
「最初の事件」のことを聞けぬまま、二人のいる病室まで戻る。水沼さんと女子三人でなにやら盛り上がって居たようだ。
いったん家に帰ってよいことを告げるとほっとした表情になった。
もっとも体調が悪く感じるような事態になったらすぐに連絡するという条件付きで、なんだけど。
その時、二人の後ろで水沼さんが何かを言おうとしてやめたのが、少し気になった。
(続く)




