#15
キャンプに行くために用意した荷物をほとんど使わないまま担ぎ、俺たちは病室を後にした。
「ひとまずぅ安心ってことなのですかぁ」
青戸さんのいつものアニメ声にハリがない。まあ、当然か。
「……なんか今はまだここに居るほうが安心かも」
山瀬の言葉も当然というか。
「とりあえず家まで送るから」
唐澤刑事が車で乗り付ける。山瀬と青戸さんは手招きされるまま乗り込んで……必要以上にスペースを空ける。
「あ、俺ちょっと忘れ物しちゃったから先行ってていいです」
なんとなく携帯を探す素振りをしながら病室に戻ろうとする俺に、山瀬がすがるように声をかけた。
「琢磨さんは……一緒に帰らないの?」
振り返ったそこには、不安そうな顔があった。
ちょっとだけ間を置き、できるだけ優しい声で俺は二人に語りかけた。
「……山瀬……青戸さん」
「はい」という声がかぶる。
「何か……なかったとしても、いつでも俺に電話くれていいからね」
泣きそうな顔で頷く二人を乗せて唐澤刑事の車は出発した。
「優しいのね」
車を見送る横で、水沼さんがつぶやいた。
「私、理系だし言葉のコミュニケーション下手だから羨ましいわ」
そう言う水沼さんの笑顔は、そこらへんの言葉では太刀打ちできないようなじわりと沁み込んでくるパワーを持っていると思うけど。
「そんなことないですよ」
そう。本当にそう思っていた。
「ありがとう。やっぱり優しいわ」
なんだろう、この人は。どうしても心地よさを感じてしまう……違う。俺は、そんなことのために残ったわけじゃないんだ。
「気付いてくれてありがとう。おじさん、ちゃんと言ってくれたんだ」
……いや、唐澤刑事は何か話そうとしてそのままだった気が。
「実は、唐澤刑事からはその……全部は聞いてなくて……というかほとんど」
「え? うそ? ご、ごめんね。なによもう、おじさんったら!」
いや、悪いのは泣いちゃって話をさえぎっちゃった俺なんだけど。それはちょっと恥ずかしくて言えなかった。
唐澤さん、すみません。なんか濡れ衣着せちゃって。
「見てもらいたいものがあるのよ」
水沼さんの表情がガラリと変わる。すごく真面目な顔。
俺が黙って頷くと、水沼さんは即座に歩き始めた。見てもらいたいものって何だろう。俺も急ぎ足でそのあとを追った。
病院の中を抜け、雰囲気の違う建物へと入る。病院とはまた違った無機質さがある。自宅の居心地の悪さにどこか通じる、感情が乾いて風化していきそうな……って、ここ水沼さんの職場なんだっけ。
心の中で「すいません」と小さく謝ったとき、水沼さんが立ち止まった。エレベーターがある。それも随分、古い感じの。
妙に揺れるそのエレベーターに乗り、六階へと到着する。フロアが変わって空に近づいても開放感は増えたりはせず、無機質さは変わらないまま。俺は水沼さんの後を言葉少なく着いてゆく。
『研究室620』
味気ないプレートの前で水沼さんは立ち止まった。エレベーターの中で「調査を依頼されているものが」って言っていたっけ。それがここに?
「入って」
水沼さんが鍵を開ける。単なる研究室だって言うのに、女性の部屋に招かれたみたいで妙に緊張する。
「こっちよ。メインの調査は、科捜研のほうでやってるらしいんだけど……」
水沼さんはそんな俺にかまうことなく話し始める。俺も慌てて部屋に入ると、水沼さんの腕がすっと俺の方に伸び……鍵を閉めた。え、ちょっ……なんて期待したのは1秒にも満たず、水沼さんは科捜研の説明を始める。
科捜研ってのは科学捜査研究所のこと。犯罪捜査についての鑑定や検査、研究なんかをする施設……っていうドラマを見たことあるから俺も知ってはいる。あれ、さっきメインがどうとか言ってなかったっけ。
「こっちの部屋よ」
部屋の奥に扉がもう一つ。そしてその扉の鍵をも開けている。この厳重さ。まさか、今回の事件に関係あるもの?
いやいや、そんな関係あるものならその科捜研ってとこから外部に持ち出せないよな?
でももしそうだとしたら……水沼さんは、科捜研の人でも判らないものを調べるその道のプロってこと?
それとも、刑事の身内ってことで非公式に?
自分の中に好奇心がいくつも浮かぶ。
俺、前向きに……なれているんだよな?
自分に問いかける。俺が赤城のためにできること、そのために俺はここに居るんだ。
(続く)




