#13
翌朝、水沼さんの声で起こされる。
そういえばこれ、水沼さんの寝袋だったんだっけ。
爽やかで柔らかい匂いがする。
今更になってこんなことに気付くなんて。いや、凍りついていた感覚が朝の光で溶けたとでもいうのかな。
「検査の結果は特に異常なし……だとは思うけど」
「けど?」
「……言いにくいんだけれど……」
そ、そんなとこで口をつぐまないでくださいよ。
「どうした?」
唐澤刑事が部屋に入ってくる。
この人はいつも、すっとスキマにすべり込んでくる。年の功ってやつなのかな。
「死因は失血死だ」
死因。
その言葉は、目をそらしたくてたまらなかった俺に厳然とした対面を迫ったのだ。
分かってはいたけれど分かってはいなかった、いや分かりたくなかった自分。
死因……やっぱり「死んだ」のか。
「見つかったこの微生物。分類的には、ここいらでは見つからないタイプなのよ」
水沼さんが慌てて言葉を継ぐ。
そんな声が遠くに聞こえているような……あの、昨夜の溺れそうな感覚が一瞬にして俺の心を水没させようとする。
でもこんなんじゃいけない。
赤城のため、に。
俺は意識の中にわずかにひっかかった言葉に必死にしがみつき……前へ出た。
「ここいらでは? ……じゃあ、どこらへんになら?」
そうだよ。このままじゃダメだよ。後輩達だって居るのに。
こんな、弱っている俺のままでは……赤城は浮かばれない。
赤城が死んでしまったという変えられない事実がそこにあるなら、その理由を知ろう。どうして赤城が死ななきゃいけなかったのか。赤城のこと、この事件のこと、少しでも多く知りたい。
じっと見つめた水沼さんが答える。
「もっともっと寒い地域に棲んでいるタイプなの。日本では北海道でも居るかどうか……」
……寒い場所に居る微生物?
「それが……こんなところに?」
郊外とはいえ一応、首都圏だ。赤城の部屋のつけっぱなしだった冷房を思い出す。
赤城。お前、いったい何をしようとしていたんだ? そして今、俺たちの周りに何が起きているというんだ。
「そういえば、変種って……なんの微生物、なんですか?」
「……変種。そう言ったわね。私。でも、あれから調査を続けて……」
「続けて……?」
「変種や亜種というよりは、原種に近い、ということが分かったわ」
「原種?」
「寒さに強い微生物が居るの。極寒の地にしか存在しない……」
極寒……北海道よりも寒い場所?
夏だというのに背中に冷たいものを感じる……いや、思い出したと言うべきか。
鳥肌が立つ。
「その微生物はカビの一種で、本来は植物に寄生する種類のものなのね」
「植物に……寄生?」
というか寄生ってことは、それが赤城の体に?
「肺から見つかったのよ」
肺ってことは……吸い込んだ? 冷房から?
謎が増えるにつれ、前に進むための足がかり、手がかりが次々と俺の前に現れてゆく。
「その極寒の地の微生物も、時々、生物の肺に入り込むことがあって」
「肺に入ると?」
「見た目は喘息のような症状をひきおこすわ。でも、それによる死亡率は低いから……」
「低い……というのは、その原種が、ですか?」
水沼さんはふぅと小さくため息をつき、自分の額を軽く叩いた。
「ごめんなさい。まぜこぜになっちゃったわね。今説明している種類の方が亜種なの」
「その亜種の微生物の……原種が……」
なんだかごっちゃになってきた。
「そう。発見された場所や性質からその亜種だと思ったら……」
「原種のほうだった、っていうことですか?」
「そうなんだけど……」
だけど?
「問題は、その原種が既にないことなのよ」
「え?」
ない?
「寒さに強い分、熱に極端に弱くてね。亜種は原種よりは熱に強いから生き残っているんだけど」
生き残っているってことは……でも、赤城の中から見つかったって……。
「……氷河期とかのそういう太古の時代の微生物なんですか?」
「勘がいいわね……そうよ。一番最初の原種は、入り込んだ生命の中の体温ですら、致死温度になってしまうの」
なんだか、講義を受けている気分だ。
「少しづつ少しづつ、暖かくなってゆく世界に順応して亜種は残り、古い原種は滅んだのよ……ってのが、このカビに対する今までの常識なの」
「その滅んだはずの原種が……」
「あ、ごめんなさい。今回のは原種そのものではなくて、今残っている亜種と原種との、進化のライン上からは外れた新種なの」
その凶悪な新種のカビが……
俺は自分たちが病院に集められた経緯を思い出した。
まさか、俺たちの体の中にも?
(続く)




