#12
「琢磨先輩ぃ……赤城先輩はぁ……」
青戸さんがあの現場を見ないで済んだってのは、不幸中の幸いなのかもしれない。
「山瀬……青戸さん……」
それ以上は言葉が出てこない。
なんて言ったらいいんだろう。
俺自身すらもこのあまりにも凶暴な現実に未だ馴染めないでいるし。
しがみついてくる二人の手を、ただただ握り返してあげるので精一杯だった。
時間の悠久さを、嫌でも感じる。
終わらない。
続いたまま。
まとまらない思考と、居心地の悪い雰囲気と、やるせない想いと。
終わらない時間。続いてゆく時間。頭の中をぐるぐるといろんなものが回る。
その思考に振り回されていいかげん目を回しそうになる頃、水沼さんがようやく戻ってきた。その手に何か大きい袋のようなものを持って。
「はい。これ、寝袋」
「……寝袋?」
「そう。私が研究室に泊まりこむときので、悪いんだけれど……」
「どういうことですか?」
その声に後から答えたのは唐澤刑事だった。
「申し訳ない……私はいびきと歯軋りがひどくてね」
山瀬のしがみつく力が少し強くなる。
「何かあったら飛び起きてかけつけるから、悪いが彼女達の部屋へ避難してくれないかね」
唐澤刑事と水沼さんの計らいで、俺たちは相部屋で一泊することになった。
どうやら彼女たち二人の精神的な憔悴が激しいから少しでも安心できるものを近くに、とかいう理由のようだ。
部屋に移動する。
さっきしがみついてきた時に比べ、二人とも幾分か落ち着いてきていた。
沈黙に触れていると思考の中に赤城が入り込んできそうで、なんとなく小さい頃の話をはじめる。
小学生の頃の話や幼稚園に居た頃の話。そんな遠い昔話で時間を費やす俺たち。
赤城の話はまだ出来なくて。だから最近の話はまるでできなかった。そのくらい本当にいつもつるんでいたから。
お互いがこの世界へ留まるためにしゃべり続けるけれど、その話はどこかうわの空であたりさわりのない空気の中の物語。
そしていつしか睡魔に負け、意識が遠のいていった。
どこかで、風の吹く音がする。
その景色の中に居る自分を……俺はなんとなく覚えているような……
風の音。
風だけじゃない。なんだ?
これは……?
ふいに目が覚めた。
唇に……これって……
急に、その、唇の感触が、離れる。
顔が急激に遠ざかる山瀬と、目が合った。
「……ごめんなさい」
「ど、どうした?」
なんか動揺している俺。
「……怖くて眠れなくって寒気がして……琢磨さんの横に来たの。そしたら、つい」
「つい……俺の歯軋りの音を、止めようと?」
山瀬がぷっと吹き出す。
俺に彼女居なかったらここで山瀬を抱き締めるっていう選択肢があるのかもだけど。ここはあくまでも気づいてないフリをしておこう。
それに今、俺と山瀬があまり近づきすぎると、青戸さんが気持ち的に孤立するかもしれない。
また、赤城のことを思い出す。
思い出す……というのとはちょっと違う。どちらかというと赤城はあれからずっと俺たちの中に常に居つづけて。
考えないようにしている気持ちの集中がふと途切れたとき、すぐに顔を出してくる。
そんな感じ。
「……なぁにぃ? 誰か笑いましたぁ?」
青戸さんも目を覚ましたようだ。こんな状況で熟睡なんてできないもんな……もしくは起きていたか。
……赤城。
お前の馬鹿な笑い声が、いま、一番、ここに欲しいよ。
その後、勢いがあるけど覚えてないようなくだらない話をいくつかする。
時間が早く流れてしまえばいいと何度も感じた。
そのまま疲れの中に呑み込まれていく。その最後の意識のひとかけらが、感じたこと。
こうやって疲労の中に落ちてゆくように、あんな記憶も早く風化してしまえばいい、と。
でもきっとこの事件は心の中に「かさぶた」を作るのだろう。かさぶたの外側は次第に乾いていっても、内側はいつまでもじくじくと湿ったままで。何かの拍子にまた破れたりして。
赤城のかさぶたも、セバスのかさぶたも、俺の中ではいつまでも……。
現実が、強くのしかかる。
疲れているのに自分がまだ寝られないでいるような、嫌な気分。
不快なその気分に幾度となく溺れそうになりながらも、夜明けまでを生き抜いた。
(続く)




