1-4 県境の長いトンネルを抜けると、そこに駅は・・・・
石橋と田中からの「正気とは思えない」報告を受けた、吉良。
もう一度確認するかの誘いに、乗らざるを得ない。
何にも知らない総務の高橋に記録装備を持たせ、四人はモーターカーで出発していった。
大阪峠トンネルは、モーターカーの照明で煌々と照られている。
見える範囲では、トンネルの壁などに異常らしきものは見当たらない。
モーターカーのキャビンには、運転席に田中、補助いすに吉良と高橋。石橋はモーターカーのデッキに乗車し、周囲の確認に余念がない。
事情をまったく知らされてない高橋は、キャビンの中からモーターカーの進む先を見つめている。
「ねえ、部長。コレは一体・・・」
「とりあえず、お前は気になるものをとにかくデジカメで撮れ。そしてお前の見たものをGoProで録画しておけ。仕事はそれだけだ」
「・・・・はぁ」
吉良にそう言われると、高橋は黙って前方を見つめる。視界にはトンネルの中を伸びる二本のレールだけが写っている。
「そろそろ、トンネルを出るぞ!」
デッキに乗っていた石橋が、みんなに声を掛ける。
田中はゆっくりとブレーキを掛け、モーターカーのスピードを落とす。吉良と高橋は、ただじっとキャビンの中から見える風景を見つめるだけであった。
モーターカーがトンネルを出る。果たしてそこには。
先ほど石橋と田中が見たように、武間の駅はなく、代わりに鬱蒼とした森が存在した。
「えっ、これって・・・・」
「・・・・与太話なら、どんなに良かったことか」
高橋は事情が分からず、吉良は石橋と田中の言ったことが現実であることを、いやいやながらも認めざるを得なかった。田中は運転しながらも、さっき見た光景のままであることに、夢なら覚めろと期待した自分を呪った。
先ほどのカートに比べればスピードは速く、あっという間に森を抜け平原へとモーターカーは飛び出す。田中は線路が「ぷっつり」途切れていることを思い出し、さらに慎重にモーターカーを進める。
「ちょいー、もーちょいー。おーっしここで良いだろう」
デッキで前方を監視していた石橋の合図で、モーターカーは停止した。
乗っていた四人は、線路の先に見える平原の先にある、重厚な城壁に囲まれた城に目を奪われた。
「・・・・マジか」
「えっ、えっこれって・・・・」
吉良は、先ほど石橋たちからの報告を受けた際の言葉を、もう一度繰り返した。
高橋は、キャビンの中から目の前に見える城を見て、語彙力を消失した模様だ。
「吉良さん、嘘じゃねーだろ?」
運転席の田中が、いまだに信じられない。と言った表情で呟く。
「これが夢なら、どんなに良かったことか・・・」
吉良も暫く、目の前の光景を呆然と眺めるしかない。
「部長!これってどっきりですかぁ?それにしては手が込んでるよなぁ」
高橋は少し立ち直ったようで、キャビンの外に出て、デジカメで見えるものをぱちぱちと撮っていく。ヘルメットのGoProは動作しており、高橋の見ているものを動画で収録している。
「うわー、マジで異世界転移かよ。ラノベの世界だけだと思ってたのに」
高橋は、ラノベでたしなんでいた異世界が今目の前に広がっていることに、少々興奮を隠しきれないようだ。ズームを伸ばして城壁の方を必死に撮影し、画像を再生しては「すげぇ!」を連発している。
「部長、これ見てください!」
高橋から手渡されたデジカメを再生すると、遠くに見えていた城の城壁の近くで何人かの人だかりが出来ているようであった。それをさらに拡大再生すると、おぼろげながらに人間の姿かたちが分かって来た。
どう見ても、金髪で鎧に身を固めたいわゆる「騎士」と呼ばれる人種っぽかった。
「なあ高橋、さっきお前、何て言ってたっけ?」
「ああ、異世界転移ですか?」
「それそれ、その異世界転移ってのはどういうものなんだ?」
「ラノベ、ああライトノベルっていう小説の一分類によく出てくる設定ですよ。現代から別の世界にそのまま移動するのを異世界転移、現代で死んで異世界で生まれ変わるのを異世界転生って言って、読み応えのある作品もありますよ。今度、いいやつ貸しましょうか?」
「貸すのはともかく、お前の見立てではここは、俺たちの世界じゃないって事で良いのか?」
「そうですね、そうとしか言いようがないですよね。でもなんで線路はここまであるんでしょう?それが設定的に甘いんだけどなぁ」
「設定とか、甘いとかどうでもいい。簡単に言えば俺たちはその異世界に来てるんだな?」
「そっすね、それで正解っす」
吉良と高橋のやり取りを聞いていた石橋も田中も、デジカメの画像を見ながら、
「どうみても、日本じゃねーよなぁ」
「テーマパークにしては、凝りすぎですよ」
と、それぞれの意見を呟いている。
「あ、部長。さっきの画像ですけど」
「なんだ?」
「騎士たちの集合が写ってましたよね、あの後、騎士たちが此方に剣を向けてるような気がしたんですが・・・」
「剣を向ける?」
「ええ、僕ら見つかったかも?」
高橋の何気ない言葉に、他の三人は青ざめる。
「待て待て、捕まるとやべーぞ。田中ぁ戻るぞ!」
石橋は田中に怒鳴って、高橋の腕をつかんでキャビンに乗り込む。三人でも狭いのに四人ではかなり窮屈な思いをする。
田中は、逆転スイッチを入れ替え、ブレーキを緩めてスロットルを開ける。
ドドドドドドドド
ディーゼルエンジンの咆哮が周囲に響き、モーターカーは元来た道を戻り始める。この世界で走るのは四回目になるので、もう構うことは無い。結構なスピードでモーターカーは走っていく。
「追いつかれるとは思わないが、用心に越したことは無いな」
狭いキャビンで吉良が言うと、石橋も、
「ああ、あいつら移動手段を持ってなかったろ?となりゃ足だろうし、追いつかれる事はないと思う・・・うわぁぁ!」
どーーーーん!
石橋が叫ぶと同時に、モーターカーに衝撃が走った。田中は急ブレーキを掛ける。幸いにも脱線している感覚はなかった。
「今度はなんだよ?」
急ブレーキでバランスを崩して転倒しかかった吉良が、石橋に怒鳴る。
「あ、あ、あ、あ、あれ・・・」
吉良が外を見ると、そこには牛?かと見間違えそうな、イノシシのような動物が寝転んでいた。
イノシシのような、と書いたのもイノシシっぽい姿なのに、額には大きな一本角が生えていたからだった。それに普通のイノシシよりも相当にデカい。よくぞ脱線しなかったものだ。
「ちょっとスピード出してたから、こっちの方が強かったようですね」
田中も、運転席で機会に異常がないか確認している。どうやら走るのには問題なさそうだ。
「でも、こいつは良い証拠になりそうだな」
吉良がこともなげに言う。
「証拠だぁ?」
「あのなぁ、デジカメの画像と俺たちの証言だけでみんなを納得させられると思う?」
吉良は、石橋に返すと、キャビンの外に出て、
「おーい、クレーンでこいつ釣り上げて乗っけてくぞ」
そう言って、クレーン脇に置いてあったスリングベルトをつかんで、モーターカーから降りる。
「待て待て待て!死んでねーかもしれんぞ」
石橋がきょどると、
「大丈夫そうだぞ」
と、間抜けな答えが返ってくる。
石橋がおそるおそる「イノシシもどき」を覗き込むと、どうやら脱線復旧用のアウトリガーが頭に「クリーンヒット」したらしく、頭が胴体とはてんで違う方を向いていた。これで生きていたらまさに「化け物」である。
スリングベルトで、足を縛って釣り上げられるようにして、石橋がクレーンを操作してその「イノシシもどき」をモーターカーのデッキへと乗せる。大川原鉄道では、二、三年に一回の割合で、列車と動物の衝突事故が起こる。大抵はシカなどで済むのだが、一回だけ「クマ」とぶつかった事がある。その時の復旧を吉良と石橋がやっていたので、今回の「イノシシもどき」も難なく撤去出来た。
「さあ、手間取ったが、さっさと戻るぞ」
石橋の合図で田中は再度、モーターカーを走らせる。
大阪峠トンネルにモーターカーが飛び込むと、ようやくキャビンの中に安堵のため息が漏れた。
「吉良さん、俺たち基地外扱いされないでしょうね?」
石橋がボソッと呟くが、吉良はキャビンの外にある「ソレ」を指さして、
「アレを見ても、俺たちを基地外扱いするなら、それでも構わん。あとでどうなっても知った事か」
そう言うと、タバコを取り出して火を付ける。石橋と田中にも勧める。高橋は・・・今どきの子はタバコなんぞに金使う余裕があったら、課金するようで、窓際に移って、煙を吸わないようにしていた。
「悪いなぁ、おじさんたちはタバコでも吸わねえと、落ち着けないんでな」
石橋が、高橋に呼びかける。
「・・・まあ、仕方ないとしましょう」
トンネルの出口が見えてきた。田中はモーターカーのスピードを落とし、トンネルを出てすぐにある上りの場内信号機手前で止める。
「こちらMC1番、勝間田運転、感度あったら応答願います」
「こちら勝間田運転、MC1番、感度良好」
「MC1番、上り方から側線4番への進路を要求します」
「上り方から、側線4番で宜しいのか?」
「はい、上り方から側線4番です」
「了解・・・・。上り方から側線4番の進路設定完了」
「MC1番、進入します」
出て行った時とは違う側線に、モーターカーを進める田中。
それもそのはず、デッキの上に「イノシシもどき」を乗せて、側線2番に入ると不特定多数の視線に晒される。側線4番はモーターカーの車庫なので、すぐに車を建物の中に隠せる。すでに勝間田の駅もだいぶ日が傾いていて、トンネルに近い側線4番は、目を凝らさないとよく見えない暗さになりつつあった。それも「イノシシもどき」を隠すのに幸いであった。
車庫にモーターカーを仕舞い、四人は降りる。モーターカーのデッキにはまだ「イノシシもどき」が鎮座している。吉良は高橋と石橋を捕まえて、
「高橋、石橋を付けるから、あのイノシシもどきの写真をたっぷり撮っておけ。撮ったら、さっきの画像と動画のデータを全部まとめて抜いて、メールで送れるように準備してくれ。あ、画像、他の奴らには見られるなよ」
高橋は「そんな仕事振るなよぉ」と泣きそうな表情になりつつも、仕方なく「イノシシもどき」の撮影に取り掛かる。田中はもどきがぶつかった、アウトリガー周辺が壊れていないかの点検に入った。
吉良は、車庫から出ると本社の建物へと歩きつつ、
「何処へどれを、どうやって説明すりゃいいんだよ・・・」
とボヤいてみたが、答えが簡単には出てこなかった。
トンネルの向こうは日本ではなく、異世界だった?
普通なら「頭、大丈夫か?」で流されそうな案件ですが、今回は「イノシシもどき」という物証もあります。話が事実であると言えますが、それをどうやって納得させるか?
吉良の悩みは一層増えることに・・・。




