第9話 伸一の家(?)にハルカが泊まりに来た!
「――で、なんでお前が学校の校庭で寝袋(※防寒シート特注)にくるまってんだよ」
夜の9時。自室の窓を開けた伸一(175cm)は、目の前に広がる『巨大な壁』を見上げて脱力した。
……というか、問い詰めるべき疑問はそれだけではなかった。
先ほどから、伸一のスマホの通知音が「ピコンピコンピコンピコンッ!」と連打され、画面が完全にフリーズしているのだ。
「ちょっとハルカ……! 夜中に高画質の自撮り画像を何百枚も送りつけてくるなよ!『右斜め45度の私と、左斜め30度の私、どっちが可愛い?』じゃないんだよ! こちとら、画像の容量でスマホが死んでんだよ!」
「えへへ……ごめんね? でも、どうしても伸一くんに選んでほしくて……♡」
「いや、っていうか……今更だけどさ。お前、そのデカいスマホどうやって手に入れたんだよ!?」
校庭に横たわるハルカの手元には、A3用紙がすっぽり収まるくらいの巨大スマートフォンがしっかりと握られていた。
伸一の呆れ混じりの質問に、ハルカは「え?」と巨大な目をパチクリとさせる。
「あ、言ってなかったっけ?私をロボットにした宇宙人さんがね、『連絡取れないと不便でしょ?』って私のスマホも一緒に巨大化改造してくれたの!」
「アフターサービスだけは無駄に手厚いな、その宇宙人!!」
伸一の実家は学校の敷地のすぐ隣にある。
そして今、伸一の自室(2階)の窓を開けると、そこには――涅槃仏……じゃなくて、校庭の地面にペたんと巨大な体を横たえ、特注の超巨大防災シートを布団代わりに被ったハルカ(10メートル)の顔が、ジャストの高さでドアップで収まっているというわけだ。
「えへへ……『お泊まり会』だよ、伸一くん♡」
夜空の下、ハルカは巨大な両頬をポッと赤く染め、敷布団代わりの体操用マットの上でゴロゴロと体を揺らした。
【ズズズ……ドスン!!】
「揺らすな! 町内に震度2の微震が走るだろ!」
「だって……家が壊れちゃうから中には入れないでしょ? でも、伸一くんのお誕生日の夜は、どうしても一緒にいたかったんだもん……」
上目遣いでモジモジと指先を合わせるハルカ。
……可愛い。10メートルあっても、やってることは完全に恋する乙女だ。
ふと伸一の腰元を見ると、昼間ハルカからもらった『15kgの手作り金属ベルト』が、部屋着の上からしっかりと装着されている。
「あ……伸一くん、それ……いまも大事に着けててくれてるの……?」
「おう。重いけどな。……外したら腰が軽くなりすぎて、空飛べそうな気がするわ」
「ふふっ、なにそれ〜!」
ハルカがクスクスと笑う。
窓枠に肘をついた伸一と、窓の外で横たわるハルカ。
距離にしてわずか数十センチ。10メートルの巨体でありながら、今夜の二人は不思議と「目と目がすぐ近くで合う距離」にいた。
「ねえ、伸一くん。屋上、いこ?」
ハルカの提案で、二人は学校の屋上へと移動した。
ハルカの肩にちょこんと乗せてもらい、屋上のフェンス際まで運んでもらう。
ひんやりとした夜風が、二人の頬を撫でていく。
満天の星空の下、ハルカは体操座りをし、その大きな膝の上に伸一をちょこんと座らせた。
「なんか……不思議だね」
ハルカがぽつりと呟く。
「私、体がこんなに大きくなっちゃって……最初はすごく怖かったの。街の人にも避けるみたいに見られるし、普通の女の子みたいに可愛い服も着られないし……」
「ハルカ……」
「でもね、伸一くんは違ったの。私がいなくなって、大きくなって戻ってきてからも、ずっと変わらず側にいてくれた。昼間のベルトだって……あんなに大きくて重いのに、すごく喜んでくれて……」
ハルカの瞳に、夜空の星々がキラキラと映り込む。
「私ね、伸一くんの隣にいる時だけは……自分が大きくて良かったなって、思えるんだ」
あまりにも真っ直ぐで、温かい言葉。
伸一は自分の腰にある重たいベルトをそっと撫で、照れくささを隠すように空を見上げた。
「……バカ。体がでかくたって、ハルカはハルカだろ。……それにさ」
「え?」
「お前がでかいおかげで、こうやって屋上で最高の星空が見れてるんだからさ。悪くないよ」
「〜〜〜〜っ♡」
ハルカの顔が一瞬で真っ赤になり、感極まった様子でぎゅっと両手を胸の前で握りしめた。
夜の静寂の中、二人だけの甘く温かい時間がどこまでも広がっていく。
やがて、部屋に戻った伸一が窓から覗くと、ハルカは「伸一くんに私のすっぴんで不細工な寝顔見られたら恥ずかしいから……」と、巨大な防災シートを頭まですっぽりと被って布団に入った。
【シュコー……シュコー……】
排気(息)をするたびに銀色の巨大シートが膨らんだり縮んだりして、校庭に不気味な巨大サナギが転がっているようにしか見えない。
ダース・ベイダーみたいな呼吸音を響かせるハルカを見送りながら、伸一は苦笑交じりにベッドに入った。
……そう、この時の二人には、まだ思い至っていなかったのだ。
ハルカがバイトに精を出し、誕生日プレゼント作りに没頭していたここ数日間のツケが、どれほど恐ろしい形で跳ね返ってくるのかを――。
「――というわけで」
翌朝。ホームルームの時間を迎え、担任の女性教師が黒板に大きめな文字で『期末テストまであと3日』と書いた。
「特にハルカさん! あなた、前回の小テストも全滅、おまけにここ数日はバイトでノートもろくに取っていないそうですね!」
「ギクッ……!?」
校庭に座り込み、3階の窓から教室を覗き込んでいたハルカの体がビクッと跳ね上がる。
「今回の期末テストで赤点を取ったら……分かっていますよね? バイトは当然禁止として……夏休みは毎日朝から晩まで補習! 当然、伸一くんとのデートも出来なくなりますよ!!」
「ええぇぇぇーーーーーっ!?!?!?」
【ドガーンッ!!】
ショックのあまりハルカが校庭の地面に崩れ落ち、学校全体が大きく揺れた!
「し、伸一くんたしゅけてぇぇぇ! 私、10メートルになってから鉛筆握るのも一苦労なの! だからね……、私、勉強なんて全然頭に入らない『自信があるっ──!!』」
「スタンド使いみたいなポーズで自信満々に言うなよ。ったく──だからバイトばかりしてないで勉強しろって言ったのに……!」
「伸一くん! 私に勉強教えてっ! 赤点取ったら夏休みに伸一くんと海に行けなくなっちゃうよ〜〜〜っ!!」
窓の外から半泣きで巨大な顔を寄せてくるハルカに、伸一は頭を抱えた。
(10メートルの巨体に……どうやって勉強を教えればいいんだよーーーっ!?)
放課後。伸一はさっそく校庭でハルカの勉強につきあうことにしたのだが――そこは怒涛のツッコミの連続だった。
「ねえ伸一くん! 形から入るのが一番大事だから、勉強用プレイリスト流すね!」
ハルカが巨大スマホを操作した瞬間、校庭に野外フェスレベルの爆音BGMが響き渡り、近所から一瞬で苦情が入る。
「よし!BGMはやめよう……、な!! あとハルカ、そのピンクの巨大な物体は何だよ?」
「えへへ、私の勉強用にってクラスメート・美香さんの取り巻きには沙織さん以外にもう一人葵さんっているじゃない?彼女から祖父(巨大グループ企業・財閥の会長)に頼んでもらって特注品で手配してもらったんだけど……届いたら満足しちゃった♡ 消火器サイズの超巨大蛍光ペン!」
「届いただけで満足すんな! ほら、まずはノートを取るんだよ!」
「はーい!」
ハルカがピンクのペンキ(蛍光ペン代わり)で、ブルーシート(ノート)をダイナミックに塗りたくり始めた。
「よし、綺麗に塗れたよ!」
「全部ピンクになってて文字が何一つ読めねぇよ!! どこが重要なんだよ!?」
「あ〜ん、もう頭使ったらお腹空いちゃった! 脳に栄養補給しよ♡」
開始15分でハルカが取り出したのは、直径3メートルの超巨大ホールケーキ。
「伸一くんもひと口食べる?」
「お前のひとくちサイズを俺に分けられても食いきれるか!!
それより、そんなゆっくり勉強やってて当日大丈夫なのか?」
「うぅ……でも大丈夫! クラスで真面目な女子たちも『私全然勉強してない〜』って言ってたから、私もなんとかなるよね♪」
「彼女たちの『やってない』は『満点取れるか微妙』のレベル説あるから真に受けるな!!」
伸一のツッコミが校庭に響き渡る。
「伸一くん、私、明日こそは絶対本気出すから――」
「って、言った直後に白目むいて沈黙すんな!!」
【システムメッセージ:CPU負荷限界値突破。スリープモードに移行します】の音声とともに、ハルカはそのまま校庭で爆睡モードに突入してしまったのだった。
(ダメだ……この10メートルロボ少女、赤点回避のハードルが高すぎる……!!)
頭を抱える伸一を余所に、ハルカの「スリープモード(※重低音の地鳴りイビキ)」が、静かな校庭にどこまでも響き渡っていた。




