第8話 ハルカ、初めてのバイト。解体作業を一瞬で終わらせて街の英雄になる
「……は? バイト……!?」
放課後の教室で、伸一(150cm)はハルカ(10メートル)の巨大な顔を見上げて耳を疑った。
校庭の地面にペたんと座り込み、校舎の3階の窓から覗き込んでくるハルカは、巨大な両頬をポッと赤く染めてモジモジしている。
「う、うん……。私ね……明日の伸一くんの誕生日に……どうしてもプレゼントをあげたくて……」
「えっ……俺の誕生日、覚えててくれたのか……?」
「うん! だからこの間、二人でショッピングモールに行ったじゃない? でも……あの時は私のサイズが大きすぎて、警備員さんに施設内に入場させてもらえなくて、伸一くんに似合いそうなものが全然探せなくて……」
(あ……あの時の買い物、俺へのプレゼントを探してくれてたのか……)
申し訳なさそうに指先をツンツン合わせるハルカの姿に、思わず胸がキュンとした伸一。
しかし次の瞬間、ハッとして冷や汗が噴き出した。
待て。10メートル・2000トンの超巨大ロボ少女が「バイト」をするとはどういうことだ。労働基準法以前に、物理法則と都市インフラが死ぬ。
「で、でもさ、ハルカ。気持ちはめちゃくちゃ嬉しいけど、お前にできるバイトなんてこの世に――」
「あ、あるよ! ネットで見つけたの!『日払い・未経験歓迎・力仕事に自信のある方・即日即金』って!」
「完全にドテンカンの現場求人じゃねーか!!」
15分後――。
駅前の旧商業ビル解体現場。そこには、ヘルメットを被り防振チョッキを着た作業員たちが、青ざめた顔で整列していた。
現場監督のおっちゃんは、手持ちの指示書と、自分たちを圧倒的な高所から見下ろす10メートルの乙女(※頭にデカい安全ヘルメット着用)を交互に見比べ、震える声で通信機を握りしめた。
「こ、政府官邸から緊急連絡……!『本日よりバイトに採用されたハルカ氏の行動は【特別保護区】の国家案件である。怪我をさせるな、機嫌を損ねるな、ワガママは全て経費で落とせ』……だと……!?」
「あ、あの! 本日よりお世話になります、ハルカです! 伸一くんのプレゼント材料費のために頑張りますっ!」
【ドスン!!】
ペコリと一礼しただけで、ハルカのかかとが地面に刺さり、工事現場の防音シートが一斉に吹き飛んだ。
「ひえっ……! は、はいっ! ハルカさん、よろしくお願いしますっ!!」
命の危険を察知した作業員たちが、一致団結して90度の深々としたおじぎを返す。
ハルカの肩の上に乗った伸一が、溜め息をつきながら監督に声をかけた。
「すみません監督……で、今日の作業内容は?」
「え、あ、はい! この老朽化した5階建ての鉄骨ビルをですね、重機を使って今週いっぱいで解体・更地にする予定だったのですが……」
「なるほど。じゃあハルカ、監督の指示に従って少しずつ――」
「え〜? 今週いっぱい? そんなの、すぐ終わらせちゃえばよくない?」
「え?」
ハルカが「えいっ♡」と可愛らしい声を上げながら、右足のハイヒール(※超硬度チタン合金フットパーツ)を軽く振り上げた。
【ドカァァァァァァンッ!!!!!】
地鳴りのような爆音が響き渡り、5階建ての鉄骨ビルが、まるで砂の城のように一瞬で崩壊した。
ハルカの「ちょっと突っついた」程度の蹴り一発で、ビルの基礎骨組みごと粉々に砕け散ったのだ。
「「「「ひ、ひえぇぇぇぇぇっ!?!?!?」」」」
「あっ、いけない! 鉄くずとコンクリートが散らばっちゃった!」
焦ったハルカは、両手をダイナミックに振り回し、散らばる瓦礫をまとめて【ギュッ!!】と両手でプレスした。
【バチバチバチッ……!ギギギギギ……!】
数千トンの加圧によって、コンクリートと鉄骨の瓦礫が、一瞬で『綺麗な立方体の圧縮ゴミ(※サイズ:軽トラくらい)』へと成形される。
「はい!お掃除完了〜っ♪」
【ドサッ】
ハルカが笑顔でその巨大な圧縮ゴミをトラックの荷台にちょこんと載せた。
そこには、遮るものの何もない、見事なまでに平坦な『完全なる更地』が広がっていた。
作業開始から、わずか3分。本来なら数週間と数千万円の重機レンタル代がかかるはずの解体工事が、跡形もなく完了していたのだ。
「……あ……あ……」
あまりの光景に、現場監督は膝から崩れ落ちた。
「あの……すみません……ハルカが雑で……弁償とかは……」
青ざめる伸一に、監督はカッと目を見開き、ハルカの手を(届かないので爪先を)ガバッと抱きしめた!
「神様……いや、女神様だぁぁぁぁぁっ!!」
「えっ!?」
「工期短縮! 重機レンタル代・燃料代ゼロ! ガラ(瓦礫)の圧縮処理まで完了! 完璧だ……完璧すぎる!! おい、今すぐ日給10万円出せ! いや、ボーナス乗せて20万だ!!」
「ええぇぇぇっ!? いいんですかぁ!?」
ハルカの目がドル箱のように輝く。
「いいどころじゃない! ハルカさん、隣の区の解体現場もお願いできませんか!? 日給倍出します!!」
「うちの道路工事の整地も頼むーっ!」
「ビル3棟の解体頼みたい!!」
噂を聞きつけた周辺の建設業者たちが、札束を握りしめて続々と集結!
「ハルカ様!」「解体の女神ハルカちゃん!」と拝み始める作業員たちの中で、ハルカは「えへへ〜♡」と鼻高々だ。
「見た? 伸一くん! 私、街の女神になっちゃった!」
「いや……重機業界の雇用が全滅するだろこれーーーっ!!」
その日の夜。
バイト料で特注のクラフト素材(?)とパーツ(?)を買い込んだハルカは、伸一の家の裏庭で一晩中一心不乱に何かを作り続けていた。
そして翌日、伸一の誕生日当日──。
「伸一くん! ちょっと早いけど……お誕生日おめでとうっ!」
放課後の校庭で、ハルカが「じゃじゃーん!」と両手で差し出してきたのは――目も眩むような重厚感を放つ金属製の『手作りアクセサリー』だった。
「これ……ハルカが作ったのか……?」
「うん! モールでいいのが見つからなかったから、伸一くんに似合うブレスレットを手作りしてみたの! チェーンを一環ずつ編んで、金属を磨いてピカピカにして……!」
ハルカは満足そうに胸を張る。
……が、差し出された「手作りブレスレット」を見上げた伸一は、一瞬で顔をひきつらせた。
(待て……デカすぎる……!!)
10メートルのハルカが自分の感覚で「人間の手首用」として作った金属チェーン。それは伸一の腰回りを余裕で一周できるほど巨大なベルトサイズであり、ズッシリと重機パーツ並みの重量(※推定15kg)を誇っていた。
「いやハルカ……! これ、ブレスレットっていうか……完全にベルトサイズだし、重くて腰が砕けるって――」
思わず素でツッコミを入れかけた伸一だったが、その言葉が途中で喉に引っかかった。
「あ……」
ハルカの巨大な瞳からスーッと光が消え、今にも泣き出しそうな、一瞬の悲しそうな顔が視界に入ったからだ。
脳裏に、すっかり記憶の奥底へ閉じ込めていた小学生の頃の光景が、鮮明に鮮やかに蘇ってくる。
――『伸一くん、お誕生日おめでとう!』
まだ自分と同じ背丈だったハルカが、恥ずかしそうに、けれど誇らしげに差し出してくれた小さな箱。中に入っていたのは、カラフルなビーズのブレスレットだった。
だが、冷やかすクラスメイトたちの声に幼いプライドを爆発させてしまったあの日の俺は、最悪の一言を言い放ったのだ。
『……なんだよこれ! 女みたいでダサくて恥ずかしいんだよ! ごめん、返す!!』
突き返すように渡した手元で、ハルカはショックのあまり言葉を失い、ただ固まっていた。
『あ……用事、あったんだ……ごめんね』と、いまにも消えそうな声で言い残し、走り去っていったハルカ。
胸を刺す罪悪感を抱えたままの帰り道、公園の陰で顔を真っ赤にして泣きじゃくるハルカの姿を見かけた。
慌てて駆け寄ろうとしたが、俺の気配に気づいたハルカは、涙を拭いながら逃げるように走り去ってしまう。
そして――翌日、ハルカは学校を休んだ。
どうしても謝りたくて、放課後にハルカの家へ走った。
玄関に出てきた叔母さんから『ハルカなら今お出かけしているのよ』と告げられた俺は、ポケットの中で固く握りしめていた小さな包みを取り出した。
『……これ、ハルカちゃんに渡してください』
それは昨日の夜、不器用な手つきで針を握り、必死に作り上げたビーズのブレスレットだった。
その時、トントンと廊下に足音が響き、2階の窓から様子を伺っていたハルカが階段を駆け下りてきた。
目を見開き、俺の差し出した小さなブレスレットを呆然と見つめるハルカ。
『お母さん、伸一くんと二人で話したいから……』
ハルカは叔母さんにお願いし、そっと扉を閉めて、玄関で俺と向き合った。
『ハルカちゃん、ごめん……! 昨日はひどいこと言って本当にごめんね!』
俺は深く頭を下げ、絆創膏だらけの手を差し出した。
『自分で作ってみて、やっと分かったんだ……何回も針で指を刺して痛かったし、めちゃくちゃ大変だった。ハルカちゃん、こんなに苦労して僕のために作ってくれてたんだな……本当にありがとね』
絆創膏だらけの指先と、拙いブレスレットを交互に見つめ、ハルカの瞳からぽろぽろと大きな涙が溢れ出す。
二人はその日、泣きながら笑顔で仲直りをした。
帰り際、涙を拭ったハルカが『ねぇ伸一くん、来年の誕生日は何がいい?』と訊ねてきた。
俺は照れくささを誤魔化すように、こう答えたのだ。
『次はさ……金属チェーンのブレスレットがいいな。このビーズのと一緒につけて、ずっと大切にしたいから』
――あの日、幼い二人で交わした大切な約束。
あの頃の自分たちには作れなかった『格好いい金属チェーン』。
10メートルの巨大なロボットになった今だからこそ、自分の持てる全てを懸けて作ってくれた、世界に一つだけのプレゼント。
不器用で、大きすぎて、バカみたいに重い。
だけどそこには、何年経っても少しも色褪せないハルカの真っ直ぐな愛と、あの日の約束が詰まっていたのだ。
(……バカか、俺は。何回ハルカを悲しませたら気が済むんだよ)
伸一は深く息を吐くと、その重たい金属チェーンを「よっこいしょ」と両手で抱え上げ、自分の腰にくるりと巻きつけた。
留め具を引っかけると、まるで作られた仮面ライダーの変身ベルトのような圧倒的重量感と存在感が腰を襲う。
「ぐっ……ずっしり来るな……! でもさ、ハルカ」
伸一は腰を痛めないよう踏ん張りながら、ハルカを見上げて満面の笑顔を向けた。
「めちゃくちゃ格好いいよ! 俺のために一生懸命作ってくれたその気持ちが、何より一番嬉しい。ありがとな、ハルカ!」
「……っ!」
その言葉を聞いた瞬間、ハルカの表情が一気にパッと華やいだ。
巨大な両頬を真っ赤に染め、瞳をウルウルと輝かせながら、世界で一番幸せそうな笑顔を咲かせる。
「伸一くん……! うんっ……! お誕生日、おめでとう!!」
【ドスン!! ドスン!!】
嬉しさのあまりハルカがその場でぴょんぴょん跳ね、校庭に激しい地鳴りが巻き起こる。
「うわわっ!? 揺らすな揺らすな! ベルトが重くて倒れるーーーっ!!」
「えへへ、ごめんね伸一くん♡」
ずっしりと重い、だけど世界で一番あたたかい「思い出のベルト」を腰に巻きながら、伸一はハルカと一緒に夕暮れの街を歩いた。
ハルカの踏みしめる足音と、伸一の照れくさそうな笑い声が、どこまでも優しく響き渡っていた。




