第23話 10メートルだろうがロボだろうが、お前は俺の好きなハルカだ!
今回は一部お見苦しい(笑)アイテムが登場するため、食事中・閲覧注意でお願いいたします。
「私、伸一くんのことが大好きなのに……大好きなのに、こんな体の私と一緒にいたら伸一くんまで傷ついちゃう。……私、もう伸一くんのそばにいちゃいけないんだと思う……っ」
夕暮れの風が校庭を吹き抜ける。
あまりに切なすぎるハルカの告白に、胸を突かれる伸一。
震える彼女をまっすぐ見据え、伸一は息を呑み――何かを伝えるため、ぐっと口を開きかけた、その時。
「――ふざけたこと言ってんじゃねぇ!!」
夕闇の迫る校舎の陰から颯爽と現れたのは、腕を組み、冷徹な眼光を放つアリスだった。
「ヒロイン気取りで悲劇のヒロインぶって、一人で勝手に身を引くつもりか? ――吐き気がするほど甘いな、ハルカ」
「あ……アリス……ちゃん!?」
涙を浮かべたまま呆然とするハルカ。
アリスは力強く拳を突き出しながら熱弁を振るう。
「貴様がどれだけ巨大化しようが、宇宙人に狙われようが知ったことか! ……私が認めたライバルなら、最後まで惨めにあがいて見せろよ!」
「アリスちゃん……」
アリスの迫力に圧倒されるハルカ。
……だが、その横で伸一の視線は、アリスが説教の力みに合わせてさっきからしきりにギュッ、ギュッと生々しく揉みしだいている「ブヨブヨの巾着袋」に釘付けになっていた。
「……あの、アリス? 真剣な雰囲気のところマジで申し訳ないんだけどさ……」
アリスの熱演の真っ最中、伸一が顔を引きつらせながら手招きして割り込んできた。
「何だよ伸一! 今、私がハルカに大切な喝を入れている最中だろうが! 空気読めよ!」
「おま言うーー!? ……って、まあ、それはいいや。……ところで、お前がさっきから大事そうにギュムギュム揉みしだいてるそれ、どこで拾った?」
「は、これか? 校舎裏のベンチの横だ! ……落とし主を探していたんだが、意外にコレ、触りごこちが良くってな。無意識に握りしめていただけだ! それが何か関係――」
「それ、さっきノラっていう宇宙人が『東京のアパートはトイレが故障してて困ってるのラ。でも僕は文明人だから、地球人と同じアレ(ウンコ)をこの宇宙携帯用トイレ袋に入れて持ち歩いてるのラ~』って自慢してきた、あいつの便器(兼ウンコ入れ)だぞ」
「…………………………は?」
「あいつの星の最新技術で、外側は衝撃を吸収するブヨブヨのスライム素材なんだよ。でも中身は普通に、さっきあいつが出したばっかりの削りたてのフレッシュな――」
静寂が校庭を包む。
アリスはゆっくりと視線を落とし、自分の右手に固く握られた「ブヨブヨの巾着袋」を凝視した。
指先から伝わってくる、尋常ではない柔らかさと、ほんのりと温かい感触。
「……え? ウン……え? これ……中身……」
「ああ……。あいつ、さっき『大事な携帯便器を落としたノラ~! 中に本物が入ってるのラ~!』って泣きながらレジ横探してたぞ。お前、それさっきからすげぇ力で揉んで――」
「ギャァァァァァァァァァァァーーーッッッッ!!!!!!」
校舎を揺るがす悲鳴とともに、アリスは手の中の「ブヨブヨ巾着」を全力でぶん投げ、地面で激しく手をこすりつけながら顔面を蒼白にした。
「汚い! 汚い汚い汚いッ! 宇宙人のウンコ(生)が入った袋なんて素手で揉みしだしてたじゃないかーーーっ!!」
「うわぁ、俺たちに近寄るな! 早く手洗えッ!!」
「ううっ……ハ、ハルカ! 今日のところは私のこの失態に免じて見逃してやろう! だからって私とのデート対決をうやむやにするんじゃないぞっ。わ、わかったなーーーっ!!」
涙目で顔を真っ赤にしながら叫び、アリスは猛スピードで水道場へとダッシュして去っていった――。
アリスの去ったあとの校庭には、すっかりギャグの余韻が吹き飛び、気まずい静けさが戻っていた。
――だが、ハルカの姿は既にそこになかった。
「……ハルカっ!?」
周囲を探し回った伸一がたどり着いたのは、夜のとばりが降り始めた東京湾の港の埠頭だった。
潮風が吹き抜ける人気のない防波堤の脇に、10メートルのハルカが膝を抱え、自分の巨大な体を小さく縮こまらせてポツンと座り込んでいた。
海面に映る彼女の青白い機動灯の明かりが、どこか切なく揺れている。
「ハルカ……やっと見つけたぞ!」
息を切らして駆けつけた伸一の気配に気づき、ハルカはびくりと肩を震わせた。
「来ないで、伸一くん……! 私、やっぱりみんなと一緒にいちゃいけないの。こんな化け物みたいな機械の体じゃ、いつか本当に――」
「ふざけるなっ!」
ハルカの言葉を遮り、伸一は躊躇うことなく走り出した。
彼は防波堤の柵を飛び越え、海風を切りながら、10メートルのハルカの足元へと一気に駆け寄る。
「伸一くん……?」
ハルカがゆっくりと顔を上げたその瞬間。
伸一は彼女の巨大な足の甲を足場にし、スルスルと驚異的な身なりで彼女のそびえ立つ腕を駆け上がり、ついにハルカの開かれた巨大な手のひらの真ん中へと飛び乗った。
「し、伸一くんっ!? そんなところに登ったら危ないよ、私から落ちちゃう――!」
「ハルカ、お前を一人で勝手に遠くへ行かせないためだよ……」
ハルカの大きな手のひらの上で、伸一はバランスを取りながら片膝をつき、彼女のほうへと真っ直ぐ向き合った。
そして、ハルカの頬に添えられたはずの自分の両手で、代わりに彼女の太い一本の指を両手でギュッと力いっぱい抱きしめた。
「なあ、ハルカ……よく聞けよ」
「……っ!」
伸一の真剣な瞳が、ハルカの大きな赤い瞳をまっすぐにとらえる。
「中学生のとき何があったとか、体がどう改造されたとか、そんな事で俺たちふたりの仲は引き裂かれちまうのかよ! 宇宙人が攻めてこようが、ギガなんとかって大砲が狙っていようが知るか!」
「でも、私はロボットで……いつ暴走するかも……」
「そん時は俺が全力で止めてやるよ!!」
夜の海風に声を張り上げ、伸一は自分の全霊の想いをぶつけた。
「俺が知ってるハルカは、困ったときにすぐ笑って俺を頼ってくれて、誰よりも優しくて、ご飯を美味しそうに食べるお前だ! 10mだろうが、最強のプロトタイプだろうが、機械だろうが関係ねえよ――!」
手のひらの上の小さな人間が、命がけで自分の指を温かく包み込んでいる。
その体温と、嘘偽りのない真っ直ぐな言葉が、ハルカの胸の奥深くまで直接流れ込んできた。
「お前は俺の……大好きなハルカだ!! だから、もう二度とひとりで勝手に身を引くなんて、絶対言うなよ……!」
「――っ……ぐすっ……」
ハルカの瞳から、大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちる。それは恐怖の涙ではなく、心の底から救われた温かい涙だった。
10メートルの巨大な少女は、自分の手のひらにいる小さな伸一を潰さないようにそっと包み込むと、これ以上ないほど満面の、いつものほんわかとした笑顔を咲かせた。
「うん……! 私、もう逃げない……ずっと、伸一くんのそばにいるっ!」
東京湾の夜空の下、巨大な少女と一人の少年の小さな絆が、どんな宇宙の脅威よりも強く結ばれたのだった――。




