第2話 通学路の電線と、因縁の再会
「……キモ。朝からバケモノの散歩? マジ気味悪っ」
通学路の角。コンビニの前にたむろしていた数人の女子生徒から、トゲのある嘲笑が飛んできた。
中心に立っているのは、派手にくずした制服を着たギャル——美香だ。
伸一やハルカと同じ高校に通う、クラスメイトのひとりである。
「ねえ、そこの巨大バケモノ。あんたが一歩歩くたびに道路が揺れて迷惑なんだけど? 税金で直してんの分かってんの?」
「ちょ、美香やめなよー、潰されたらどうすんの笑」
「ウケる、こんなデカい図体して中身はビビりじゃん。キモいんだよ、伸一も、まとわりつくデカいバカも」
冷ややかな暴言が路上に響く。
伸一の胸の奥で、カッと熱い怒りがこみ上げた。
「……おい、美香。言い草ってものがあるだろ」
伸一が一歩踏み出そうとした、その時。
【ギギギギ……ッ!!】
上空からけたたましい金属摩擦音が鳴り響いた。
見上げれば、ハルカが十メートルの巨体を無理やり小さく折りたたむように、しゃがみこんでいる。
「だ、ダメだよ伸一くん……! 美香さんたちの言う通りだもん。私、こんなに大きくて……街のみんなに迷惑かけちゃってるのは本当だから……」
巨大な超合金の掌が、そっと伸一の前に差し出され、伸一の身体を庇うように遮る。
2000トンの重金属ボディをギシギシと軋ませ、周囲の電線に触れないよう必死に身を縮めながら、ハルカは無理に笑おうとしていた。
その顔の頬にある排気口から、プシュー……と切ない微量の蒸気が漏れる。
「私……大丈夫だから。伸一くんが怒らないで……っ」
「ハルカ……」
「ハッ、なにその茶番? マジキモいんだけど。行こーぜみんな」
美香たちは鼻で笑いながら、カツカツと高いヒール音を鳴らして立ち去っていった。
(大丈夫なわけ、あるかよ……)
美香達が去った後、伸一は強く拳を握りしめた。
しかし──美香たちとは、これが初対面ではない。
忘れるはずもない——あれは三年前、まだふたりが中学生だった頃のことだ。
昔から、ハルカはおとなしくて、女子グループから目をつけられやすかった。
中学時代、ハルカを陰湿にいじめていた中心人物こそが、あの美香だった。
ハルカの教科書が隠されたり、靴箱にゴミを放り込まれたりしていたのを見かねて、伸一はハルカの前に立って美香たちを激しく一喝したのだ。
だが、事態はそれで終わらなかった。
逆上した美香は、当時クラスで浮いていたガラ悪男子グループを焚きつけた。
『伸一の奴がウチらにイキってきたんだけど? 分からせてよ』と。
放課後、体育館裏。
伸一は複数人の男子に囲まれ、殴られ、蹴られた。
『テメェ、陰キャのくせに生意気なんだよ!』
『土下座して謝れ! 謝るまで許さねえからな!』
伸一は地面に叩きつけられ、制服は泥と血で汚れ、視界が歪んだ。
けれど、伸一は絶対に頭を下げなかった。
『……謝るなら……ハルカにいじめをしてた、お前たちだろ……ッ! 俺は……絶対に謝らない……!』
どれだけ殴られても屈しない伸一。
そこへ、青ざめた顔のハルカが教師を連れて駆けつけ、いじめっ子たちは捨てゼリフを残して逃げ去った。
ボロボロになった伸一の膝元で、ハルカは泣きじゃくった。
『ごめんね、伸一くん……! 本当にごめん……。私のせいで……私のせいで伸一くんが傷っちゃって……!』
『バカ、気にすんなって……ハルカが無事なら、それでいい……』
そんな強がりを言う伸一の傷だらけの手を、ハルカはギュッと握りしめていた。
(『私……強くなりたい。伸一くんを守れるくらい、誰にも負けない強い私になりたい……!』)
あの日、夕暮れの体育館裏でハルカが泣きながら誓った言葉。
それがまさか──あんな結末になろうとは、だれが予想できただろうか……。
その夜、彼女は強い力(?)を求めて夜空を見上げ——運悪く(あるいは運良く)、見るからに怪しさしかない度百億万パーセントのコテコテなザ・宇宙人からのキャトルミューティレーションに遭遇し、10メートルの重金属巨大ロボットになって帰ってきたのだ。
(ハルカが巨大ロボットになったのは……俺を守るためだったんだ)
【ガシャン、ズシン】
回想から引き戻された伸一の目の前で、ハルカは慎重な足取りで通学路を進んでいる。
「あっ、伸一くん見て! あの歩道橋、私が頭を下げれば跨げそうだよ!」
「あ、ああ……無理すんなよ。頭上の高圧線にも気をつけろ」
「うんっ! 頭の上注意して(首のレーダー全開で)いくね!」
キュインキュインと頭部センサーを回転させ、大きな足をグッと上げて歩道橋をまたぐハルカ。
「よしっ! 電線も歩道橋もクリア! 伸一くん、学校が見えてきたよ!」
「ああ。今日も無事に着きそうだな。……どうしたハルカ、急に足取り重くなってないか?」
「うぐっ……分かっちゃう……? 実はね伸一くん……私、昨日のお夕飯のあとに甘いもの食べすぎちゃったかな……今朝体重測ったら、絶対二トンは増えてる気がするの……」
「そうか? 全備重量二千トンからの二トン増なら、サーボの負荷率的にも誤差の範囲だろ。見た目も全然変わらないぞ」
「優しいんだから……! でも、今日のおやつは我慢してダイエットするね!」
「無理すんなよ。あ、そういえばハルカ、朝メシ食ってきたのか?」
「あ! そうなの伸一くん! 今朝、おうちでクッキー焼いてきたんだよ! 一緒に半分こしよ!」
ハルカが嬉しそうに、背中のコンテナから丁寧に焼き上げられた【畳サイズの特注巨大クッキー】を取り出す。
「お、サンキュー。じゃあ俺、この端っこのかけら(米俵サイズ)もらうわ」
「うん! 伸一くん、遠慮しないでいっぱい食べてね!」
10メートルの身体になっても、彼女の行動のすべては「伸一を守るため」、そして「伸一の隣にいるため」だけに注がれている。
(昔は伸一くんが身を挺して私を守ってくれた。だから今度は——たとえ相手が2000トンの巨大ロボになったとしても、私が伸一君の心を守る番!)
「えへへ……っ!」
ハルカが嬉しそうに微笑む。
だが、二人が校門をくぐろうとしたその時——
(ふん、バケモノの分身気取りが。教室で思い知らせてやるから)
校舎の二階の窓から、美香が冷酷な笑みを浮かべて見下ろしていた。
彼女たちの手には、伸一達の学校生活を揺るがす「ある最悪の罠」が握られていた。
恋する乙女(2000トン)の学校生活。
ハルカによる真の「物理排除」が炸裂する瞬間は、すぐそこまで迫っていた。




