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第1話 ハルカが巨大ロボ化して三年が経ちました

挿絵(By みてみん)

 高校生の朝は忙しい。

伸一は目覚ましを止め、制服に着替え、食パンを口にくわえて玄関を飛び出す。


 そう──。ごく普通の、どこにでもある甘酸っぱい日常の一コマ——のはずだった。


「おーい、伸一くーん! おはようー!」

 

 上空三十メートルほどの高所から、地鳴りのような美声と熱風が降ってくるまでは。


「……お、おはよう、ハルカ。今日もメインの排熱ファンが絶好調だな……」

 

 伸一は足を止め、じっと空を見上げる。

 

 視線の先にいるのは、朝日に照らされギラリと輝く超絶美少女——の顔をした、重厚な超合金の頭部。


 ツインテールは風になびいているのではなく、太い油圧ホースの束がシャキーンと装甲を跳ね上げているだけだ。


 スケールは身長十メートル。総重量およそ二千トン。

ビル三階分に相当する、歩く要塞である。


 彼女の名前は巨摩遥(こま・はるか)。

伸一の隣家に住む(現在は裏山にあるクレーター付近を住処にしている)、ひとつ年下の幼馴染(物理)だ。


「あっ……! やだ、伸一くん! そんなに近くで見ないで……っ!」

ハルカが突然、ハッとしたように十メートルの顔面を巨大な両手で覆い隠した。


 超合金の指の隙間から、困惑したような瞳(カメラアイ)がチラリと覗く。


「どうしたんだよ急に」


「どうしたもこうしたもないよぉ……! 今日の私、朝寝坊しちゃって、お肌のお手入れ(ワックス掛け)が間に合ってない『ほぼすっぴん』なんだから……っ! 恥ずかしい……!」


「あー、言われてみれば、今日のハルカはちょっと金属光沢がマットというか、未磨きの耐食チタン素地っぽくてしっとり系だな」


「ほんと!? やだぁ……でも、伸一くんにそう言ってもらえるなら、すっぴんで出てきてよかったかも……」


「おう。すっぴんでも全然可愛いから気にすんな。それより遅刻するぞ」


「うんっ! 私、すっぴんでも頑張って歩くね!

……ところで。ねえ伸一くん。

私、今日の服ちょっと気合い入れすぎちゃったかな……? 通学路で私だけ浮いてない?」


「ん? そうか? 別に両足ともホバーで数センチ浮いたりはしてないぞ」


「だって……肩の(キャノン砲)カバー、可愛いからピンク色にしてきたんだけど、朝の通学路の雰囲気に合ってない気がして……」


「大丈夫だって。いつものピンクの複合装甲だし、誰も気にしてないよ」


「よかったぁ……! 伸一くんに変だって思われたらどうしようかとヒヤヒヤしちゃった!」

ハルカが嬉しそうに首をかしげると、

キュイイイイン! と高圧油圧モーターが唸りを上げ、爆風のような風圧が街路樹をなぎ倒しかけた。


「……か、可愛いと思うよ。すごく目立つし」


「ほんと!? やったぁ!」

ハルカが恥ずかしそうに頬を染める。


 同時に、頬の排気口から『シュゴーッ!』と高温の冷却蒸気が噴射され、周囲の空気が一瞬でサウナ状態になった。 


『感情の高ぶりを検知。メイン冷却ファン、緊急駆動』


 胸部のスピーカーから、無駄にいい声の機械音声が路上に響き渡る。


「ちょ、ハルカ、蒸気! 蒸気熱いから!」


「あ、ごめんっ! 伸一くんに褒められると、つい気持ち(排熱システム)が追いつかなくなっちゃって……!」

ハルカが小さくバンザイをすると、

ドズン!!! と震度4相当の地響きがひとつ。


 近所の防犯アラームが一斉に鳴り響き、犬たちが狂ったように吠え出すのは毎朝お約束のイベントだ。


 デカすぎる(そして重すぎる【物理】)彼女との日常は、スケールもテンポも、すべてが規格外なのである。


「さ、行こ伸一くん! 遅刻しちゃう!」


「あぁ。足元、気をつけて歩いてくれよ。一歩でアスファルト沈むからな」


 ガシャン、ズシン! ガシャン、ズシン! と巨大な金属足音が住宅街を粉砕気味に揺らす。

 ハルカの一歩は、伸一の十歩分。

普通に歩けば一瞬で置き去りにしてしまうため、ハルカは関節サーボをギリギリまで絞った超低速ののろのろ運行。


 伸一は排気ガスを避けながら必死の早歩き。


「あ、ハルカ、電線!」

「ふえっ!?」


【ギギギ……!!】


「あ、あぶないあぶない……っ」

ハルカが慌てて頭を低くし、首元のレーダーセンサーで電線を感知しながらゆっくり跨ぎ越す。


(そういえば──昔から、ハルカは運動が苦手だったっけ。


 特に鉄棒の逆上がりや縄跳びが駄目で、放課後、夕暮れに染まる運動場でいつも半泣きになりながら練習していたな。


 どんくさくて、不器用で。

 それでも最後まで諦めないハルカの練習に、俺は毎日付き合った。


『伸一くん、今日も手伝ってくれてありがとう!』 


 練習の後、お礼にとハルカの家で振る舞ってくれた、手作りのクッキーや甘いケーキの味を俺は今でも覚えている。

少し焦げていたりカタチはいびつだったけれど、心底美味しかったな。


 あれからかれこれ三年。ふたりがまだ中学生だった頃のこと──。


 空から降ってきた怪しい光とともに、ハルカは宇宙人に連れ去られた。


 いわゆるキャトルミューティレーションというヤツだ。


 翌朝、裏山で発見されたハルカは、生体パーツと重金属装甲が融合した十メートルの巨大ロボットへと改造を遂げていたのである。


 三年前、宇宙人に連れ去られて、体が重金属の巨大ロボットに変わってしまっても。

こうして自分の歩幅に合わせて、必死に小さくなろうとしてくれるこいつの健気さは、あの日の夕暮れの運動場からひとつも変わっていない。

 

 十メートルの超合金の身体は、決して誰かを傷つけるための兵器じゃない。


 俺たちがただ、となりに寄り添って笑うための、不器用で温かい愛のカタチなんだ)


「なあ……ハルカ」


「ふえ? なぁに、伸一くん?」


「いや。今日も無事に学校行こうな」


「……うんっ! 私、伸一くんと一緒ならどこだって平気だよ!」

満面の笑みを浮かべる巨大ロボット。

 

 けれど、恋する乙女の通学路には、乗り越えるべきハードルがまだまだ山積みだ。

 

 立ちはだかる無数の電線、歩道橋、そして——


(キモ、朝からバケモノの散歩……気味悪っ!)


 遠くの角から二人の様子を睨みつける、クラスメイトの女子の冷ややかな視線があった。


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