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第16話 アリスの苦悩と、ほんの少しの温もり

 沖縄の夜。

中庭のハルカ専用の巨大テント(ほぼ体育館)からは、女子たちの賑やかな笑い声が聞こえてくる。


 ――しかし、そんな賑やかさとは対照的に。

 旅館の屋根の上では、ぽつんと座り込む小さな影があった。

 アリスである。


「……はぁ。」

 昼間の濡れTシャツ事件が嘘のように、深い溜息をつくアリス。


「なあ、こんな所で何やってんだよ」


「……っ!?」

ふいに声をかけられ、アリスが振り返ると、そこには自販機のジュースを手にした伸一が立っていた。


「風邪引くぞ。ほら、オレンジジュースでよかったか?」 


「……子供扱いするなと言っているだろう」

文句を言いながらも、アリスは素直にジュースを受け取ってストローにくわえた。 


「で、どうしたんだよ。さっきから一匹狼気取って」


「……別になんでもない。ただ……」

アリスは遠くのテントに視線を向け、少しだけ伏し目がちになった。 


「みんな、楽しそうだなと思ってな。……私には、こういう修学旅行とか、友達とバカ騒ぎする青春とか、正直よく分からないんだ」

「まあ、アリスは防衛省のエリート特務だもんな」


「いや、そういうのとも違う。……私、身寄りなんていないし、物心ついた頃からずっと特殊施設暮らしで……普通の学校に通ったことも、誰かとキャッキャ笑い合ったこともなかったからな……」


 アリスはトゲトゲしい仮面を少しだけ外し、ぽつりと本音をこぼす。


「だけど、今日のみんなを見ていたら……すっごく羨ましくてさ。胸がチクチク痛むんだよ」


「……アリスもそんな顔するんだな」


「うるさい! ……でも、その……」

アリスは小さく息を吸い込むと、真っ赤になりながらもまっすぐ伸一を見上げた。


「ハルカの監視っていう『任務』でこの学校に来たけどさ……お前たちと過ごす日々は、その……なんだ……」


「ん?」

「……すっごく、楽しくて……その、かけがえのないものになってるんだよ……っ!」

 

 言いながら、アリスの耳たぶまで真っ赤に染まっていく。

 自分で照れくさくなったのか、アリスは慌てて両手で顔を隠した。 


「私は防衛省の……っ! なのに、こんな普通の温かい場所に居ていいのかって、たまに不安になるんだ! 私の手は銃を握るためのものなのに、こんな青春なんて味わっていいのかって……っ!」

それは、孤児として育ち、戦うことしか知らなかった彼女の、精一杯の弱音だった。


 ――しかし次の瞬間。

 すっ、と伸一の手が伸び、アリスの小さな両手を優しく包み込んだ。


「……っ!? し、伸一……?」


「冷たい手だな」

伸一は照れくさそうに少し視線を逸らしながらも、温もりを伝えるようにその手をぎゅっと握りしめた。


「いいか。防衛省がどうとか、銃がどうとか関係ねぇよ。今日、砂浜でズッコケて真っ赤になってたお前は、立派な一人の女の子だよ」


「伸一……」


「お前がこれまでどう生きてきたか知らねぇけど……今、ここで笑って楽しいって思えてるなら、それがお前の青春だろ。……俺でよければ、これからもいくらでも話聞いてやるよ」

 伸一のまっすぐな眼差しと、手のひらから伝わる確かな体温。 


(……っ……!)


 アリスの心臓が、バクン!と激しく跳ね上がった。

防衛省のいかなる訓練でも聞いたことのない、甘くて熱い音が胸の奥で鳴り響く。

(全く……ふざけるなよ、伸一。ほんとお前はズルい男だな……っ!)


 アリスはツンツンした態度で、伸一の手をぎゅっと握り返した。


 ――だが、アリスの胸ポケットには、防衛省特製の超高性能ボディーレコーダーを忍ばせていて、今のふたりの会話は最初から最後まで完璧に録音されていたのだ。


 翌朝――。

沖縄の青空の下、修学旅行の自由行動を前にロビーへ集まった学年全員の生徒たちの前に、アリスはなぜかマイクと巨大スピーカーをスタンバイさせていた。


「き、君達! これから我が防衛省の特別広報および……個人的な『重大発表』を行う!」

顔を真っ赤に染め、どこか勝ち誇ったような、しかし全身から限界の照れが漏れ出ているアリス。


 伸一は嫌な予感がして「おい、やめろアリス……!」と青ざめるが、時すでに遅し。 


 アリスがボタンを押し、スピーカーから昨夜の音声が再生された。 


『……ハルカがどうとか、親がどうとか関係ねぇよ。今日、砂浜で告白されて真っ赤になってたお前は、立派な一人の女の子だよ。お前がこれまでどう生きてきたか知らねぇけど……今、ここで笑って楽しいって思えてるなら、それがお前の青春だろ。……だから俺と結婚してくれ。夜這いは毎晩俺の部屋に来い。『下着』という名のパワードスーツを脱がせてやるから覚悟しろ。愛してるぞアリス、俺の子どもを産んでくれ!!』


(※アリスが防衛省の最新AI音声合成技術を悪用し、伸一との会話から音声を抽出し組み上げた、狂気のエゴイスティック超アグレッシブ捏造音声データ)


「……は……??」

ロビーの空気が、文字通り完全にフリーズした。


 生徒たちは自分の耳を疑い、顔面蒼白で震えている伸一と、ドヤ顔で胸を張るアリスを交互に見比べる。 


「お、おい……今の聞いたか……!?」

「えっ、白石(伸一)とアリス少尉って、そこまで進んでたの……!? 二人に子まで……!?」

「ガチのプロポーズじゃねぇか……!!」

 ロビーが一瞬でパニックに陥り、全校生徒の生温かい視線が一斉に伸一へと突き刺さる。


「まっ、待てみんな! あの音声は誤解だ! 俺があんなプロポーズ言うわけないだろ――っ!」

血の気を引いた顔で必死に弁解する伸一。


 一方のアリスは、腕を組んでフンッと鼻を鳴らし、顔を茹でダコのように真っ赤にしながらも勝ち誇った顔を決めている。


(ふっ……防衛省の技術力となめられたものだな、伸一! これで全校生徒の前で、お前は私を娶るしかなくなったぞ……っ!!)


 ――その時。

 ロビーの空気が、今度は物理的に凍りついた。


「……しんいちくん……?」 


 中庭のハルカ専用テントの隙間から、物凄い剣幕で這い出てきた10メートルのハルカ。


 その目が、すーっと殺気を含んだ冷たい三白眼になり、伸一をじっと見つめていた。 


「い、いやハルカ違うんだ、これは悪質なフェイクで、俺はハメられたんだ――っ!」


「……うそつき……けっこん……子ども……脱がせる……」  


【ズウン……ピキピキピキッ……!!】 


ハルカの周囲から、旅館の強化ガラスが粉々に砕け散るほどの特級呪物レベルの嫉妬オーラ(物理的重圧)が吹き荒れる!

 

 10mの巨体がわななき、恐怖のあまり伸一の足が完全にすくんだ。


「ひ、ひえぇぇぇぇぇっ!? ハルカ怒らないで、落ち着いて聞いてくれよ――っ!!」


 アリスが捏造しでっち上げた狂気のプロポーズ音声に対して、愛ゆえにキレた10mハルカは、伸一に地球破壊級の処刑を宣告!?


 沖縄修学旅行の2日目は、地獄の修羅場とさらなる大パニックへと突入していくのだった――!


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