星を纏うとは
白い壁と、無機質な光。
それは、星象庁の検査室だった。
「……もう一回、同じ状態を再現してくれ」
ユウゴの低い声が響く。
レイは小さく舌打ちした。
「……無茶言うなよ」
腕に取り付けられた測定装置が微かな音を立てる。
モニターの数値が、大きく揺れた。
「……またか」
記録係の職員が眉をひそめる。
「通常の転星反応と一致しません。星珠の波形も安定していない……」
モニターの波形が、不規則に跳ねる。
上がって、下がって、また上がる。
まるで、何かに引っ張られているみたいに。
「……こんなに安定していないのは、見たことがない」
記録係の声がかすかに震える。
「通常の転星なら、もっと安定するはずです。ですがこれは……」
言葉を探すように、口ごもる。
「……まるで、“制御されていない力”が流れ込んでいるような……」
レイは無言で画面を見ていた。
自分の中で何かが動いている感覚は、まだ残っている。
収まっているだけで、消えたわけじゃない。
ほんの少し気を抜けば、また溢れ出しそうな――そんな感覚。
「……チッ」
舌打ちが漏れる。
「扱いにくい身体だな」
レイは自嘲気味に呟いた。
「……やっぱりおかしいな」
モニターを見ていたユウゴが小さく漏らす。
「どういうこと……?」
ヒナが問いかける。
ユウゴは腕を組み、少し考えてから答えた。
「転星は、星珠で身体を変える現象だ。だが天宮の場合は違う」
視線がレイに向けられる。
「変化しているというよりも――」
わずかに間を置く。
「“纏っている”に近い」
「纏っている……」
ミオが呟く。
あの時の光景がよみがえる。
黒い星空みたいなもやの上に、無理やり重なるように現れた星座の鎧。
あれは、確かに“変わる”というより――
「……くっついてる、感じだった」
ぽつりと呟く。
「外から重なってるみたいな……」
「だよねぇ~」
ハルがすぐに乗る。
「レイくんのは、乗っかってるだけに見えるんだよねぇ」
ユウゴが納得するように頷く。
「転星体とは、構造そのものが違うように見える」
ユウゴの言葉に、ハルが頭を悩ませる。
「これって他に報告されてる~?」
「……前例は、ない」
ユウゴの一言で、空気が止まる。
誰も、すぐには言葉を返さなかった。
「……じゃあさ」
沈黙を破ったのはヒナだった。
「……昨日のことが初めてだったなら、名前はつけた方がいいのかな?」
「名前?わざわざ必要か?」
「名前ねぇ、つけたところでって感じするけどねぇ~」
ヒナの提案に、ハルとユウゴは微妙そうな反応を返す。
「ダメかなぁ?その方が使いやすいと思うんだけど……」
「……使いやすいってどういうこと?」
ヒナの言葉にレイが反応した。
「レイくんってあの時、自分の意思で鎧出した??」
「いや、星喰いを止めないととは思ったけど、鎧を出そうとまでは……」
「そうだよね……多分ね、レイくんはあの力をまだ制御出来てないと思うんだ」
ヒナの言葉の意図が分からず、レイは視線を落とした。
「名前をつけるのと、天宮が制御出来ているかに関係が無いように思えるが」
「転星ってさ、“なるぞ”って合図みたいなものでしょ?」
「レイくんがあの力を使って何かしたいって思った時に名前がないと、また鎧の方から勝手に出てきちゃうんじゃないかな」
ユウゴの問いに、ヒナが持論を展開する。
「あぁ~!ヒナちゃんは名前をつけることで、あの力を使うタイミングを調整できるんじゃないかって言いたいんだね?」
「そう!そういうこと!!」
「確かに、俺たちは“転星”と宣言することで星珠の力を制御しているとも考えられるな」
ヒナの論理を聞いて、ハルとユウゴは納得したような顔を見せた。
「じゃあ天宮、何か名前をつけろ。自分が使いやすければなんでもいい」
「……はっ?そんな簡単に決められねぇよ……」
ユウゴの無茶ぶりに、レイは黙り込む。
その時、ひらめいたような顔をしたヒナが口を開いた。
「あっ……」
ヒナが顔を上げる。
「じゃあさ、“転星”じゃなくて――“装星”でどう!?」
「装星ぃ~?」
レイが眉をひそめる。
「……なんかダサくね?」
「だって、星の鎧を装備してるように見えたもん!だから“装星”!!」
「……装星」
ユウゴが繰り返す。
「装星――星を装う、かぁ……」
ミオも小さく繰り返す。
「……悪くないな」
ユウゴが頷いた。
「天宮の状態を表すなら、それが一番近い」
「決まりだね~」
ハルが軽く手を叩く。
「レイくんの変身は“装星”!」
「勝手に決めんなよ」
レイは不機嫌そうに言ったが、否定はしなかった。
装星――その言葉は、不思議としっくりきていた。
「――へぇ、“装星”か」
聞き慣れた声が、横から差し込んできた。
「的を射た表現で悪くない」
振り向くと、そこにはシュウが立っていた。
「お疲れ、シュウ」
「シュウ、お疲れさ~ん」
「お疲れ様、シュウさん!」
ハル・ユウゴ・ヒナそれぞれがシュウに声をかける。
「みんなお疲れ様」
「今日はどうした?なんか分かったか?」
ユウゴの問いかけに、和やかな顔が厳しさを纏った。
「あぁ。今日は2つ伝えることがあって来たんだ」
「まず1つ目は、昨日の任務で対応したカラス座についてだ」
「あの男が使ってたのは、やっぱりエリダヌス座と同じか?」
シュウがカラス座について話すと、ユウゴはあの時の違和感について問うた。
「そうだ。今回のカラス座の星珠も調査したところ、通常の星珠とは組成が異なっていた」
「あの男は“貰った”って言ってたけど、そこらへんゲロった~?」
「いや、男は『あの人から貰った』『俺のために作ってもらった』の一点張りらしい」
「俺のために“作って”もらった……?」
カラス座の男の答えに、ユウゴは眉をひそめる。
「じゃあ、あの星珠は作られたものってこと……?」
「あぁ、人工的に作られたものであると上層部はにらんでいる」
ヒナが小さく発した疑問に、シュウは上層部の見解を話す。
シュウが少しだけ声を落とす。
「作られた星珠――“人工星珠”って呼ぶことにしたらしい」
「人工、ねぇ……」
ハルがぼそっと呟く。
「加えて上層部は、人工星珠を回収するよう命令を出す予定だ」
「それってさぁ~」
ハルが笑う。
「回収とか言ってる場合?」
一拍の間が落ちる。
「壊した方が早くない?」
声は穏やかだった。だが、目も口も一切笑っていない。
「調査・研究のために破壊ではなく回収を優先するらしい」
「りょ~かーい。で、2つ目は何~?」
「2つ目は、この部隊に人員補充が入ることが決まった」
「人員補充?6人もいれば戦力としては十分じゃないか?」
急な人員補充の通告に、ユウゴは疑問を呈す。
「昨日の盾座・カラス座や、前のエリダヌス座の件を踏まえて、現場に出る人数をもう1人増やした方がいいとのことで人員補充が決定した」
「有り体に言えば、指揮側を学んでいる俺の後続ってことだ」
「ふ~ん。でもいきなり知らない人と一緒にやれって言われてもねぇ……」
シュウの返答に、ハルとユウゴは納得がいかない顔をした。
その隣で、レイとミオは互いを見つめ、気まずそうな顔をする。
「……あのさ、それ言ったら俺とミオも“知らない人”に入るよな……」
「なんか、すみません……」
「あぁ~!ごめんごめん!!そういうつもりで言ったんじゃないんだ!」
レイとミオの言葉を聞いたハルは慌てて釈明をする。
「違う部隊にいた人とかだとこっちのやり方に慣れるまで時間がかかるからって意味ね!!」
「レイくんとミオちゃんを責めるつもりはなかったんだよ~ごめんねぇ~!!」
「こういうのはハルらしいな。しかし、ハルの懸念も分からんでもない」
ハルの意見に、ユウゴも共感を示す。
「懸念はあるだろうが、まずは対面した方が早い。入ってきてくれ」
シュウの声の後に入口の扉がゆっくりと開く。
「失礼しまーす」
軽い声と共に部屋に入ってきたのは、1人の青年だった。
「彼の名前は三浦カナメ。2年間の部署回り研修を終えたばかりだそうだ」
「皆さん初めまして、三浦カナメです。不束者ですが、よろしくお願いします」
シュウが簡単に紹介する。続けてカナメも頭を下げた。
その姿を見たヒナが目を見開く。
「えっ……カナメじゃん!久しぶりっ!!」
「久しぶり、ヒナ。変わってないね」
カナメはにかっと笑った。
「まさかヒナのいる部隊に配属されるとは」
軽い調子で言いながら、部屋を一通り見まわし――その目がレイで止まる。
「へぇ」
カナメは興味深そうに目を細める。
「この人が例の……?」
じっと観察するように見つめる。
「なんか、全然化け物っぽくないんだね」
少し首を傾けてそう言った。
しかしその言葉は、レイにはっきりと刺さった。
そしてその瞬間、場の空気が一瞬にして凍った。
「は?あんた何言ってんだ……?」
「ちょ、ちょっと……!レイは……」
カナメが放った衝撃的な一言に、レイとミオは口を開いた。
シュウが顔を押さえる。ハルは「うわぁ……」と小さく呟き、ユウゴは無言で目を閉じた。
カナメは一歩だけ近づく。レイへの距離を詰める。
まるで値踏みするみたいに、レイを見下ろす。
「力はあるのかもしれないけどさ」
軽い口調のまま続ける。
「それ、まともに扱えてないでしょ?」
その目が、レイの腕へと落ちる。
「昨日の戦闘記録も見たけど――」
少しだけ笑う。
「ほとんど暴走でしょ」
空気が張り詰める。レイの眉がぴくりと動いた。
だが、何も言わない。
言い返せない部分があるからだ。
その沈黙を、カナメは楽しむように見ていた。
その刹那、カナメの隣から怒号が飛んだ。
「ちょっとカナメ!レイくんを悪く言わないで!!」
「え?何、怒ってんの?」
カナメは軽く笑う。
「事実じゃん。安定もしてないし、危なっかしいし」
「それでも――」
ヒナが一歩前に出る。
「レイくんは頑張って戦ってる!」
少しの沈黙。
カナメは肩をすくめた。
「……はいはい。ごめんって」
軽く流すように言った。
「皆さん雰囲気を乱してしまってすみません。レイくんもごめんね、ひどいこと言った」
カナメはそう言って、全員に向かって深く頭を下げた。
「あ、あぁ……」
「……まぁ、大変なこともあると思うが、協力していこう」
「はい!お願いします、シュウさん!皆さん!」
シュウが半ば強引に話を締めた。
その強引さに、カナメを除いた全員が苦笑する。
「……よし、じゃあ残りの時間は各自待機していてくれ。それでは解散」
各々が散っていく中で、ハルがカナメに対して口を開く。
「カナメくんさ、あとで俺の部屋来てもらっていいかなぁ~?」
「分かりました、ハルさん!」
――その数十分後、ハルの部屋。
「カナメくんさ、さっきの何?」
低い声で、穏やかさは微塵も感じられない。
「何って、どういうことですか……?」
カナメも軽口は叩かず敬語で答える。
「レイくんのことに決まってるだろ。お前空気読めないの?」
ハルの視線が鋭くなる。
「場の空気を壊すな。ここは遊び場じゃない」
少しの沈黙が流れ、カナメは一瞬だけ表情を消した。
そして、すぐに笑った。
「次同じことしたら――殴る。覚悟しろ」
ハルははっきりと言い切った。
「……分かりました。気を付けます」
「じゃ、任務が来るまで待機だね~。また後でね」
「はい、失礼します」
ハルはいつもの飄々とした顔に戻っていた。カナメはそれを一瞥し、部屋を出る。
だが――扉に反射したカナメの顔は、まったく笑っていなかった。
――同時刻。
暗い部屋には、モニターの光だけが空間を照らしていた。
「……ふーん」
軽い声。映し出されているのは、戦闘記録。
「そっちが星喰い化するとはね」
くすり、と笑う。
「まあいいか。いつかはこうするつもりだったし」
「でも――問題は、こっちだよね」
画面を指でなぞる。
そこに映るのは、カラス座の男。
その映像を見つめたまま、彼は目を細めた。
「あの子、余計なこと喋らないかなぁ」
少しだけ間が空く。
「……うーん」
そして、あっさりと。
「始末も、視野に入れないとね」
軽い調子で言った。
まるで、不要なものを処分するみたいに。
モニターの光が消える。闇の中で、小さな笑い声が漏れた。
読んでいただきありがとうございます!
今回は、レイの力に「装星」という名前がつき、新たな人物・三浦カナメが加入する回でした。
そして、人工星珠の謎の裏には、まだ見えていない何かがありそうで――
次回もぜひお付き合いいただけると嬉しいです。
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