私の願いは
レイが壊れてしまう――
ミオは直感でそう思った。
膝をつき、立ち上がれないレイに向かって、盾座の星喰いの腕が振り下ろされた。
「レイ!!」
ミオの悲鳴が飛ぶ。
ガキンッという音が鳴り、鳴った方を見ると星喰いの腕を転星体のハルとユウゴが受け止めていた。
「くっそ~、硬ったい!」
ハルの声が響く。
毒をまとった針が何度も打ち込まれているのに、盾座の星喰いの装甲はびくともしない。表面にかすかな傷が走るだけで、すぐに再生するように光が流れていく。
「正面からは貫けない!」
ユウゴが即座に判断を下す。
「ハル!天宮を連れて一旦下がれ!!」
「了っ解!レイくん、ちょっと下がるよ!」
「おいおい、俺が逃がすと思ってんのかぁ~?」
レイの肩を持つハルに対し、カラス座の転星体が黒い羽片を飛ばす。
「危ない!均衡固定!!」
ヒナが障壁を展開するが、少しずつ削られていく。
「やっばい……割られる……!」
「……ッ、アアァァァ!!」
その時、盾座の星喰いが腕を振るい、ユウゴの抑えを振り切った。
「ハル!天宮!避けろ!!」
「っ!」
星喰いの腕がハルとレイに当たり、2人が後方へふっ飛ぶ。
「レイ!!久我さん!!」
「うっそ……ボロボロじゃん……」
ミオの声が響く。ヒナが息をのむ。
レイを見ると、その身体が崩れかけていた。
右腕だけではない。全身が崩れかけている。
纏った星座の鎧はところどころ砕け、異形のレイ自身も全身に亀裂が入り、星空のような黒いもやがもくもくと流れ出ている。
黒いもやは、ただ漏れているわけじゃない。
脈打っている。呼吸するみたいに、膨らんで、縮んで。
そのたびに、レイの輪郭が揺れる。
「っ……ぐ……」
レイが呻く。その声に合わせるように、もやが膨れ上がる。
体の内側から、押し出されているみたいだった。
皮膚の下に、本来あるはずの“中身”がない。
そこにあるのは、夜空。底のない、暗闇。
その中で、星みたいな光が瞬いている。
綺麗だと思った。ほんの一瞬だけ。
でもすぐに、それが恐ろしいものだと分かる。
「……俺が――終わらせてやるんだ……」
「……あいつは、守ろうとしてるだけだろ……」
レイが、かすれた声で言う。
「だったら……止めてやらないと……」
「それが……できるのは、俺だけだ……」
「バカ!無理だって!!」
息も絶え絶えになりながらも、それでもレイは立ち上がろうとする。
ハルはレイを止めようとするが、ダメージが蓄積しているのか上手く止められない。
「……放してくれ。俺が止めてやらないと――」
「君、これ以上やったら本当に死ぬよ!?一旦休んで!!」
ハルの忠告を聞きながらも、レイは立ち上がることをやめない。
しかし、その最中もレイの身体にある亀裂は少しづつ広がっていった。
人の形が、保てなくなっている。
このままじゃ――レイが死んでしまう。
「レイやめて!死んじゃうよ!!」
「……ミオは下がってろ」
ミオの叫びを聞いてもレイの歩みは止まらない。
「でも……!」
「いいから……!」
レイの怒鳴り声がショッピングモールに響く。
しかし、その声さえ不安定だった。
身体が保てていない。
踏ん張っている足元が、わずかに崩れる。
黒い星空のようなもやが、足元に溢れた。
それでも――レイは星喰いに向かって足を進める。
「チッ……ハル!カラス座を抑えろ!……ヒナ!白峰のカバーに入れ!!」
「……おっけー!」
「分かった……!」
ユウゴの指示で、ハルとヒナがそれぞれ動き出す。
「またお前かよぉ~俺はあいつをいたぶりたいんだけどなぁ!」
「レイくんは取り込み中だからね~……俺が相手してやるよ」
カラス座の男が煽るが、ハルは逃がそうとしない。
「ミオちゃん!大丈夫?」
「私は平気……!ヒナさんこそ大丈夫??」
「正直大丈夫じゃないかも……でも、まだ動けるよ……」
ヒナは笑おうとして、うまくできていなかった。
その視線は、レイへ向いている。ミオも見る。
その瞬間、レイが壁際に吹き飛ばされた。
起き上がろうとするが、身体が崩れていく。
「っ……!」
レイの体から、黒いもやが一気に噴き出した。
星空の夜がそのまま溢れたみたいに。
体の輪郭が、揺らぐ。消えそうになる。
「レイ!!」
ミオは叫び、レイの方へ駆け寄ろうとする。
「来るな……!」
レイが叫ぶ。
「でも!」
「お前も死にたいのか……!」
その声は、怒りじゃない。必死だ。
崩れながらも。守ろうとしている。
ミオは動けなかった。足が止まる。
何もできない。分かってる。
自分はまだ――願いが、定まっていない。
だから――
「ミオちゃん」
ヒナがミオを呼びかける。
「行って?」
「え……?」
「レイくんのところ」
「でも私……何も、できない……」
ヒナは少しだけ目を細めた。
「できるかどうかじゃないでしょ?」
「……」
「したいかどうかだよ」
何もできない。
その言葉が、頭の中で何度も繰り返される。
嘘だ。本当は、違う。
“できない”んじゃない。
“やろうとしていない”だけだ。
「……っ」
今までのことを思い出す。
星座適合試験で適性があると言われて、少しだけ嬉しかったこと。
でも――いざとなったら、何もできなかった。
レイが初めてあの姿になった夜も、自分は何も出来なかった。
『ミオ!』
レイに腕を引かれた後も、私はただ立ち尽くしているだけだった。
レイと一緒に星象庁の任務に同行した時も、力もないのに駆け出して。
結局レイに助けてもらった。迷惑をかけてばっかりだ。
今日だって、レイを助ければいいのか、お客さんを助ければいいのか迷って、足が動かなかった。
怖くて、失敗が怖くて。
逆に誰かの迷惑になったらどうしようって。
ずっと考えてばかりだった。
ユウゴは迷わない。ハルは踏み込む。
ヒナは傷つくのを承知で前に出る。
なのに、自分は。
「……ずっと、逃げてた」
ぽつりと呟く。
ヒナが何も言わずに、そばにいる。
責めない。でも、それが逆に苦しい。
「私……ちゃんと考えたこと、なかった」
“願い”って言われても。
大きなものじゃないといけない気がしていた。
誰かを救うとか。世界を変えるとか。
そんなのじゃないと、ダメなんだって。
でも――違う。
今、目の前にあるもの。それだけでいい。
レイが苦しんでいる。壊れそうになっている。
それを見て、何も思わないわけがない。
「……助けたい」
それは、小さな言葉だった。
それでも――確かに自分の中から出てきたものだった。
「支えたい」
もっと、はっきりする。
「一人にしたくない」
それだけでいい。
それだけで――十分だ。
レイが再び立ち上がろうとする。
しかし、身体がふらつく。
身体が、さらに崩れる。黒い星空が、肩から溢れている。
輪郭が薄れる。このままじゃ。
本当に――消える。
「……っ」
ミオは拳を握る。
怖い。失敗したら。
意味がなかったら。
でも――ここで動かなかったら。
私は、後悔すると思った。
「私……!」
声が震える。でも、止まらない。
「君を――レイを、助けたい!!」
はっきり言った。
「支えたい!一人にしたくない!」
胸が熱い。何かが、動く。
「強くなくていい……でも!」
言葉が溢れる。
「私も一緒に背負いたい!!」
「転星――水瓶座」
その瞬間、光が広がり、音が消えた。
戦場のはずなのに、静かだった。
水の中にいるみたいに。
すべてが、ゆっくりになる。
光が流れる。ミオの足元から。
広がって。空気を満たす。冷たくて、でも優しい。
触れたものを拒まない。包み込むような感覚。
「……これが」
分かる。これが、自分の力。
攻撃じゃない。壊すものじゃない。
繋ぐ力。支える力。
崩れないように、留める力。
「私の――」
言葉が、自然に出る。もう迷わない。
「願い……!」
「……っ!」
ユウゴが息を呑む。ハルが笑う。
「……良い、願いだねぇ」
光が、ミオの体に集まる。
形になる。流れる。整う。
ミオは、レイの隣へ一歩を踏み出した。
「レイ、もう一人で無茶しないで」
手を伸ばす。
光が流れ、レイを包む。
「な……」
レイの身体に触れる。
黒い星空に、光が入り込む。
黒いもやが押し戻されていく。
崩れていた輪郭が、少し戻る。
完全じゃない。
でも――消えない。
「……これ」
癒すだけじゃない。支える。
壊れないように。繋ぎ止める。
「レイ!」
ミオは叫ぶ。
「前に出て!私が支える!」
レイの目が揺れる。迷う。
「この人、鎮めてあげよう……!」
それで、十分だった。
レイが立つ。体はまだ崩れている。
でも、止まっている。保たれている。
「……ミオ、行くぞ」
レイは低く言う。
「ハル!ヒナ!5人でこっちを先にケリをつける!」
「はいは~い!行きますよっと!!」
「分かった……!」
ハルとヒナも星喰いに向かっていった。
「……ちょっと待てよぉ!俺を、無視すんじゃねぇよ!!」
「うるっさいなぁ~」
「……お前に構ってる暇ないんだよ」
「何度も何度も鬱陶しい……」
「「「お前は引っ込んどけ!!!」」」
「……うぅ!!」
カラス座の男が攻撃を仕掛けようとするが、レイ・ハル・ユウゴの反撃を受け、壁際の柱に飛ばされていった。
ハルが星喰いの横から近づいていく。
毒針を装甲へ打ち込む。
「……ウゥゥ!!」
「もう一撃だ――星砕圧!!」
「ウ、ウガアァ……!!」
ハルとユウゴの連携に、星喰いは押されていく。
「天宮、いけ!!」
ユウゴの声を聞き、レイが踏み込む。
その背中に、ミオは力を送る。
レイの亀裂から流れる黒いもやがレイの中へ戻っていく。
レイを形取る輪郭が明確になっていった。
レイが加速する。
黒い星空が、尾を引く。
拳が振り抜かれ、星喰いの装甲にぶつかる。
鎧が砕け、ヒビが走る。
ヒビ割れた装甲の中には、星空のような黒い空間が広がっている。
その奥に光を放つものが1つ――盾座の星珠だった。
レイは星喰いの胸に空いた穴に手を伸ばす。
そして、星珠を引き抜いた。
「……もう無理しなくていい」
レイが低く呟く。
「……あんたは、ちゃんと守れてた」
星喰いが子どもの方を向いて小さく頷く。
凶悪に見えた星喰いの顔が、安堵したような顔に見えた。
「アリガ、トウ……オツカレサマ、デシ、タ……」
星喰いが最後にそう呟いた。
そして星喰いの身体は崩れ、装甲が塵となっていった。
「……終わった、か」
「まだ終わってねぇよぉ!!!」
柱に飛ばされたカラス座の男が叫ぶ。
「あ~そうだった。残業があるんだった~」
「ハル、お前の毒でさっさと終わらせてくれ」
ハルとユウゴが面倒くさそうにカラス座の方を見る。
「お前らさ、本当イライラさせるの上手いよなぁ~?」
「チームワークってやつかぁ?俺にはないもの見せつけられると本当奪いたくなるんだよ!!」
カラス座の男は、羽を広げ、こちらへ飛んだ。
いや――飛ぼうとした。
「あ、れ?身体が重いぞぉ……?」
「こいつも星喰い化か!?」
カラス座の男の異変に、レイは戸惑いを隠せない。
「レイくん、違う違う~。これは、俺が毒を盛ったんだよ」
「毒を、盛っただとぉ……?そんなこと、いつ……」
「2回目の対面の時だったかなぁ~。仕込み毒、死なない程度の毒をね?」
打ち込んだ毒の説明をしたハルは、レイに向かってニヤリと笑った。
「ふざ、けんなよぉ……あの人から“貰った力”を使い切ってない、のにぃ……」
その言葉に、空気が一瞬止まる。
「あの人……?」
ミオが小さく呟く。
その言葉に、ユウゴの目が細くなる。
レイも、わずかに眉をひそめた。
――今のは、聞き逃せない。
「誰から貰った。言え」
男は、答えない。ただ、肩をすくめる。
「国家の犬に、言うわけないだろ……バーカ」
そう言って男は、転星体から生身に戻り、気を失った。
その身体は、もう動かなかった。
「……あの時の転星者と一緒ってこと?」
ヒナが呟いた。それには誰も答えない。
「……橘だ、違法転星者を捕縛した。護送車をよこしてくれ」
ユウゴが星象庁に連絡している声だけがショッピングモールに響く。
「……今度こそ終わった、かな?あれ、身体が……」
ミオがそういった途端、力が抜けたように沈んでいく。
「おっとっと~レイくん、ミオちゃん支えてあげて」
ハルが受け止めたミオの身体をレイに受け渡す。
「ミオ、大丈夫か?」
「う、うん……」
ミオが顔を上げるとそこにはレイがいた。
生身の身体に戻ったレイは、頬に小さなヒビが入っている。
でもさっきより、ずっといい。
レイがミオを見て、目が合った。
言葉に迷っている顔。
ミオは笑う。
「……無茶しすぎ」
レイが目を逸らす。
「……お前もな」
「私は、間に合ったから」
レイが小さく頷く。
「……そうかもな」
それだけ。
でも、十分。間に合った。
もう、迷わない。願いが分かったから。
強さじゃない。特別でもない。
ただ。この人を――
ミオは胸に手を当てる。
まだ、温かい。
「私の願いは」
小さく呟く。
「あなたを、支えること」
――それが、私の願い。
言葉にした瞬間、不思議と胸の奥が軽くなった。
夜風が吹く。
黒い星空の残滓と青白い光が混ざって、静かに空へ溶けていった。
読んでいただきありがとうございます!
今回は、ミオが「願い」を見つける回でした。
ミオの「願い」は――レイを支えること。
しかし、またしても現れた不穏な気配。
次回もぜひお付き合いいただけると嬉しいです。
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