表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/26

宴のあと

その夜。

魔王城の広間では、街を修復したことを祝う小さな宴が開かれた。


「救世の書記官様の初めての御業――街の再生を祝して」

クラウスが杯を掲げ、低い声で告げる。


「おおーっ!」

ガルドが大声を上げ、大ジョッキを煽った。

「いやぁ、あんたすげぇよ! 崩れた街があんなにきれいに直っちまうなんざ、見たこともねぇ!」


「や、やめてくださいよ……」

私は顔を赤くし、手を振った。

「ほんとに黒歴史朗読みたいなもので……」


「黒歴史?」とリリィが小首をかしげる。

「わたしは好きです! とっても綺麗な言葉でした!」


「ひぃぃぃ……」

私はテーブルに突っ伏した。子どもに無邪気に褒められる羞恥は破壊力が強すぎる。


クラウスは杯を傾けながら冷ややかに言った。

「蒼穹律の詩文……古代伝承と符合していました。つまり――救世の書記官様はやはり本物ということ」


「だからその呼び方……」

思わず抗議するが、クラウスの瞳は真剣そのものだった。


「いずれ人間諸国との交渉の場にも立っていただきます。最低限の学識と礼儀を身につけていただかねば」


「えっ……交渉!? 私に!?」

胃がきゅっと縮む。

(絶対むり! 会社の会議でさえ震えてたのに!)


「心配すんな!」

ガルドがどんと背中を叩いた。

「体力は俺が鍛えてやる! まずは走り込みだ! 筋肉は裏切らねぇ!」


「ま、待って!? 私、運動神経ゼロなんですけど!」


「なんだそりゃ? 病気か? なら鍛えりゃ治る!」

ガルドは豪快に笑い飛ばす。


「ち、違う……そういう意味じゃ……!」

私は胃を押さえた。


「それなら!」

リリィが勢いよく割って入った。

「わたしが書記官さまに人間の国の流行を教えます! 今はリュミエラから可愛いリボンが入ってきてて――」


「リリィ、話が飛んでいる」

クラウスが苦い顔をするが、少女は気にせず私の手を握る。

「書記官さまは救世の存在ですから、ちゃんと可愛くしてなきゃ!」


「え、あ、あの……」

完全に圧倒される。

(なんでいきなり女の子のファッション講座!? 私、25歳の地味OLなんだけど!?)


ゼノは壁際に立ち、ずっと沈黙していた。

ただ一度だけ視線を寄越し、短く言う。

「……守りの基礎は、俺が教える」


「へっ……?」


「剣は持たずとも、避け方と構えを覚えろ」


短い言葉だったが、その瞳の奥に強い意志を感じた。

……逃げ場がない。


魔王は杯を傾けながら、ただ一言。

「――学べ。救うと決めたのならな」


その言葉は重く、胸の奥に沈んだ。



宴が終わり、自室に戻る。

窓の外には赤黒い空と、遠くに光る虚無の裂け目が広がっていた。


「……これから、どうなるんだろ」


剣の稽古、体力作り、勉強、女の子の流行……。

次々に突きつけられる課題に、私はもう一度枕に顔を押し付けて悶えた。


でも。

街で泣き笑いしていた人々の顔が思い浮かぶ。

彼らをもう一度見捨てるなんて、できるわけがない。


「……やるしかないんだよね」


誰に聞かせるでもなく、ひとり呟いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ