未完の世界
岩山を抜けると、視界いっぱいに黒い影がそびえ立った。
「……っ」
思わず息を呑む。
山肌に溶け込むように築かれた巨大な城。
鋭い尖塔がいくつも空に突き出し、漆黒の城壁は波のように連なっている。
赤黒い空を背に、城はまるで世界の終わりを告げる鐘のように重々しく立っていた。
「……魔王城」
つい口に出してしまう。
自分の声がひどく小さく響いた。
(やば……中二病全開の私が設定した、あの魔王城が……現実になってる……!)
漆黒の尖塔、闇を吸い込む壁面、無意味に多い装飾。
15歳の私が「カッコいいから」と理由もなく盛った設定が、全部そのまま立ち上がっている。
胸が熱くなると同時に、羞恥で胃がひっくり返りそうになった。
「――来い」
魔王の低い声に導かれ、重い鉄の門をくぐる。
中はさらに壮大だった。
高い天井から吊るされた燭台が、赤い炎を揺らめかせている。
黒い石の床には赤い絨毯が敷かれ、まっすぐ奥の玉座へと続いていた。
壁には旗が並び、魔紋が刻まれている。
それらすべてが、私の黒歴史ノートに書いた通りだった。
(うわぁぁぁぁ……ほんとにやめて……細部まで完全再現しないで……!)
羞恥で耳まで赤くなっていると、魔王が玉座に腰を下ろし、広間に響く声で告げた。
「――救世の書記官を迎えよ」
その一言を合図に、広間の両脇から影が現れた。
⸻
最初に進み出たのは、背筋の伸びた長身の男。
銀縁眼鏡を掛け、髪をきっちり撫でつけている。
深々と一礼し、冷静な瞳をこちらに向けた。
「魔王陛下に仕える宰相、クラウス=ヴェルナーと申します。救世の書記官様、お目にかかれて光栄です」
「えっ……あ、こちらこそ……」
慌てて言葉を返す。
クラウスの眼差しは礼儀正しいが、その奥には冷静にこちらを測る光があった。
(なんか、試されてる……? 怖いけど、たぶん頼れるタイプ……!)
次にどん、と床を鳴らして前に出たのは、大柄な男。
全身が筋肉の鎧みたいで、豪快に笑っている。
「近衛隊長ガルドだ! 姉御、よろしくな!」
「姉御!?」
声が裏返った。
「だってよ、世界を救うすげぇ力を持ってるんだろ? だったらもう姉御だ!」
ガルドはガハハと笑った。
「いやいやいや……姉御って……」
心の中で全力ツッコミ。
そのとき、ちょこちょこと小さな足音が近づいてきた。
赤い瞳の少女が、ぱっと両手で私の手を握る。
「リリィです! 書記官さま、本当に来てくださったんですね!」
「あ、あの……よろしくね」
無邪気な笑顔に胸がちくりと痛む。
(この子も私のキャラ……でも、目の前にいるのは確かに“生きてる人間”だ)
最後に一歩前に出たのは、銀髪の青年。
顔の半分を仮面で隠し、無言で深く一礼した。
「副官ゼノ」
魔王が補足する。
「口数は少ないが、忠実な男だ」
ゼノの視線が一瞬、私を刺すように掠めてすぐ逸れた。
冷たいというより、ただじっと観察するような目。
⸻
こうして、私は魔王城で迎え入れられた。
15歳の私が書き散らした黒歴史のキャラクターたちに。
(……ほんとに、この世界は私が作ったものなんだ)
頭では否認しようと必死なのに、胸の奥がずしんと重くなる。
逃げたくても、現実感があまりに強すぎて、夢だと切り捨てられなかった。
「救世の書記官」
玉座の上から魔王の声が響く。
「次は崩れかけた街だ。お前の力を、確かめてもらう」
胃の奥がぎゅっと縮んだ。
(え、いきなりテスト……!?)
でも、もう逃げられなかった。
私は小さくうなずいた。




