推しキャラとの邂逅
砂を巻き上げる風の中、私と魔王は向かい合っていた。
さっきまで剣を振り下ろそうとしていた相手とは思えないほど、今は静かな視線で私を見つめている。
「……状況を、説明していただけます?」
必死に冷静を装って声を出す。震えていないか、自分でもわからない。
魔王は一瞬黙り込み、やがて低い声を落とした。
「説明は単純だ。お前が筆を止め、物語を途絶えさせた。その日から、世界は綻び、崩壊が始まった」
「……っ」
言葉が詰まった。
頭の奥で「そんなわけない!」と叫ぶ声が響く。
けど、思い出してしまう。
15歳のあの日、私は飽きて更新をやめた。
「続きはまた今度」なんて軽い気持ちで、結局二度と書かなかった。
「……待って。私……ただ、放り出しただけで」
「そうだ。その結果が、この有様だ」
魔王の指が遠くを示す。
目を凝らすと、荒野の向こうに、崩れた建物の影があった。
街だったものの残骸。壁は半ば崩れ落ち、地面は裂けて虚無が蠢いている。
風が吹き抜け、誰かの悲鳴のような音を運んでくる。
「……これが、物語を見捨てた果てだ」
全身が冷たくなった。
胃の奥が重く沈む。
否認の言葉が喉に詰まるけれど、目の前の光景は夢にしては生々しすぎた。
(本当に、私が……? ただ黒歴史を放置しただけなのに……?)
「救世の書記官よ」
魔王の声が響く。
「お前は救うか。救わぬか」
問いは直球だった。
選択を迫る目。逃げ場を与えない瞳。
心臓がうるさく鳴る。
私の中で、社会人としての習性が顔を出した。
――まず現状を確認し、できることを考える。
「……私は神じゃありません。ただの人間です。けど……」
バッグの中の古書と羽ペンを握る。
「さっき、あなたの剣を止めたのは事実です。その力があるなら……できるところまで、やってみます」
魔王の金の瞳が細められた。
長い沈黙のあと、低く呟く。
「よかろう。ならば試すがいい」
魔王の指先が崩れた街を示す。
「街は半ば虚無に呑まれている。今、残された者たちが震えている。……そこで、お前の力を使え」
「……」
呼吸が乱れる。
怖い。でも――。
「歩けるか」
魔王が問いかける。
「……はい」
喉の奥で声がかすれた。
それでも、足は前に出た。
魔王はゆっくりとうなずき、踵を返す。
「ならば来い。城で迎えを整えたのち、街へ向かう」
「……城……?」
言葉を繰り返した瞬間、胸に嫌な予感が走った。
(いやいやいや、まさか、あの“魔王城”を見せられるとか……? やばい、私、あそこめっちゃ盛った……!)
魔王の背中は揺るぎなく、私を振り返りもしない。
仕方なく、半歩後ろをついていく。
推しの背中は大きくて、まぶしかった。
でもそのすぐ後ろで、私は必死に足元を見つめていた。
転ばないように、という理由が半分。落ち着きを保つための言い訳が半分。
歩くたびに風景は荒れていく。
黒い靄が地表から立ちのぼり、近づくと体温を奪い、離れると熱を返す。
生き物の呼吸みたいに、世界が浅くなったり深くなったりしている。
「……これが、綻びですか」
「綻びの一端だ。放置すれば、やがて街は落ちる」
「落ちる……」
「消える、という意味だ」
その冷徹な言い換えに、背筋がぞくりとした。
私はバッグに触れる。羽ペンはただの羽根の重さだ。
でも書けば――世界が言葉に沿って動くのだろうか。
「……」
呼吸を整えながら、私は決意を固めていった。
逃げてもいい。でも、それはまたこの世界を見捨てることになる。
それだけは、したくなかった。




