崩壊の大地
「……どこ、ここ」
思わず声が漏れた。
足元に広がるのは、乾いた大地。だが、ただの荒野ではなかった。
地面には無数の亀裂が走り、その隙間から黒い靄が立ち上っている。
靄は風に流されながらも、生き物のように揺らめき、時折、耳の奥でざわつくような低いうなりを響かせた。
空を見上げると、さらにおかしい。
赤黒い裂け目が空そのものに走り、そこから光と闇が入り混じって漏れ出している。
空気は重く、焦げた匂いが鼻を刺す。息を吸い込むだけで喉の奥がざらついた。
(なにこれ……災害? それとも夢? でも、こんな夢見るほど私の想像力は豊かじゃない)
混乱の中で、自分の体に目を落とす。
「えっ……服……!?」
部屋着のTシャツと短パンが、どこにもなかった。
代わりに身に着けているのは、濃紺の布地に銀の刺繍が施された衣装。
袖口から胸元、裾に至るまで、流れるような模様が織り込まれている。まるで宮廷の文官か、儀式に立ち会う神官のような装束だ。
腰には黒いバッグが下がっていた。
中を覗くと、黒い羽ペンと分厚い古書。
ペンは冷たいはずなのに、手に取るとじんわりと温かさが伝わってきた。
古書は革の表紙に覆われ、何度も使われたような手触りをしている。
(なにこれ、どう見てもファンタジー小道具……いやいやいやいや、落ち着け私。寝る前は確かにTシャツと短パンで、缶チューハイ飲んで寝ただけ。だからこれは夢。夢に決まってる)
心の中でそう繰り返す。
けれど、頬を撫でる風の冷たさも、砂が靴に入り込むざらつきも、夢にしてはあまりにも生々しい。
そのときだった。
「――やっと現れたな、見捨てし神よ」
背後から低い声が響いた。
ゾクリと背筋が凍りつく。
ゆっくりと振り返る。
そこに立っていたのは、ひとりの男。
闇よりも濃い黒髪。
燃えるように輝く金の瞳。
漆黒の外套が荒野の風に揺れ、握られた剣は赤黒い光を反射している。
息を呑んだ。
(……嘘。推し……?)
十五歳の私が小説に書き連ね、“最推しキャラ”として描いた魔王。
あの頃の私が、格好良さを追求して徹底的に盛ったキャラクターが、今、目の前にいる。
「……まさか……」
声が震える。
魔王の瞳が私を射抜いた。
その鋭さに、息を呑むだけで心臓が痛いほど脈打つ。
「創世の神よ。我らを見捨て、筆を折り、物語を途絶えさせた罪……今ここで償わせてやる」
「は? 神? ちょっ、待って……!」
混乱する暇もなく、魔王の剣が抜かれる。
音を立てて空気を切り裂き、赤黒い光が刃に宿った。
「ちょ、ちょっと待ってぇぇぇ!」
反射的に、私は腰のバッグに手を突っ込んだ。
黒い羽ペンを掴み、古書を開く。
――次の瞬間。
白紙のページに、光の文字が浮かび上がった。
ペン先が勝手に走り、文章が刻まれていく。
『魔王は神を殺さず、対話を選んだ』
空気が震えた。
魔王の剣が、寸前で止まる。
彼の瞳がわずかに見開かれ、低く呟いた。
「……なるほど。その筆……やはり神の力か」
私は古書を抱きしめ、荒い息を吐いた。
足が震える。
(夢……じゃないの? 本当に……?)
魔王は剣を収め、鋭い眼差しを私に向ける。
「救世の書記官――お前の力、確かに見せてもらった」
耳に突き刺さるその呼び名。
十五歳の私が、最高に痛いと思いながらもカッコつけてつけた二つ名。
心臓が跳ねた。
頭の奥で「やめろぉぉぉ!」と叫ぶ声が響く。
でも私は、必死に顔を保った。
冷静を装い、唇を動かす。
「……状況を、説明していただけます?」
魔王の瞳が細められ、口元がわずかに歪んだ。
皮肉にも、試すようにも見える笑みだった。




