6.最後に破壊するもの
羅刹天は破壊と滅亡を司る鬼神である。
ただ戦意のない者を痛めつけたわけではない。不正改造かつ、有者を支配する存在と分かれば、誰もブライアンのタブレットを触りたがらないだろう。
かつて羅刹が危機感を抱いた、真っ白な部屋の中に閉じ込められるその恐怖と苦痛から解放してやろうと、タウロスを完全に破壊したのだ。
「――また出禁になったぞ」
フォード家の中。ティナはソファーの上でふてぶてと、眉間に皺を寄せ続けている。
「今回はお前のせいだ」
試合が終わるや観客は逃げ惑った。
パニックの最中、羅刹の身体は元に戻ったにも拘らず、大会の運営者ら全員が目を伏せながらフィールドに集まると、その場で殺人を冒したティナに出入りを禁じる旨を、丁重に伝えた。
このフォード家の中でも、羅刹への畏敬の念に頭を垂れる者が多く、リサを始めとしたフートラン修道院のシスターらに限っては、膝を折って今までの非礼と行いを詫びたほどである。
『修道院を破壊することで我々を解き放ち、試練を与え、進むべき道を指し示して頂いてたのですね』
羅刹はこれに『どうだか。宗教が違うしな』と言うだけに留めた。
「しかし、お前が神とは思わなかったぞ」
「今は普通の鬼。刑期も残ってる、神位を封じられた赤鬼だ」
お前呼ばわりする娘にリアーナはハラハラしたが、羅刹は、特に気にする必要はない、と犬をはらうように手を振った。
夜叉は羅刹と並ぶ存在。それに今さら畏まられても窮屈なだけである。
「だが今回の件で改めて実感した。高い場所にいるより、下に落ちた方が楽だ」
そうだろう、とティナは微笑む。
「タブレットを壊し、世間知らずの私と人間を壊し、修道院を壊し、シスターの冠を壊し、フランの街を壊し……次は何を壊す予定だ?」
ブライアンが死んだことで、悪事が明るみになり治政を担っていたモーリス家は放逐。フランの街はしばらく、ウォールとライコーンの二つで統治をすることとなった。
これに羅刹は、領地配分を巡り戦争が起こりかねない、新たな統治者は早めに決めておけと告げた。
「それはもう決まっている」
羅刹はそう言うと、よっと立ち上がる。
何も言わずフォード家を後にする羅刹の後を、ティナは黙って追いかけた。
◇
フォード家を出た羅刹は、真っ直ぐ三つの街の中央・ダロスの塔へ向かっていた。
昼間のそれとは想像できないほど、中は静まりかえっている。殺人があったため、今は人が入れないようバリケードで封鎖されてあるが、鬼には関係がない。
「出禁になって一日も経ってないのに、大した鬼だ」
「選手として出られなくなっただけだ」
ムッとして答えるティナに、羅刹はくっくと笑った。
「次、ここが賑やかになるのはいつだろうな」
物憂げな目で周囲を見渡すティナ。
「さあな。金輪際来ないかもしれねえ」
それはどう言う、と言おうとした時、羅刹の足が召喚室に向かっていることに気付く。
開かれたままの扉から、薄紫の光と小さな影が細く長く伸びる。そこにいたのは餓鬼であった。
「おや兄貴。もういいんでやんす?」
うけけ、と餓鬼は笑う。
「娯楽を失った人間は、これからどうなるんでやんすかね」
「もともと人智を超え、手に余るモノだ。他所からの文化干渉を受けない、身の丈に合った暮らしに戻るだけよ」
ティナはハッとなって、羅刹を見た。
その姿はいつの間にか、神のそれとなっている。手には宝棒が握られていた。
「もはや、代理決闘の影もないが……」
羅刹は円柱形の、灯台のような装置を見据えながら、前々から思っていたんだがよ、とティナに言う。
「他の闘士はそれが嫌で、持ち主を乗っ取ったのもあるだろ」
「それが嫌で……?」
「勝手な都合で呼び出され、狭い空間に閉じ込められた挙句、戦えと命じられる。中の連中は嫌々でも従うしかねえ」
次いつ、ブライアンのような者が現れるか分からない。
納得声をあげるティナに、羅刹は、だからよ、と続ける。
「決闘がしたけりゃ、街の頭同士で殴り合え馬鹿ども、と言っておけ」
「はっはっはっ! 確かにそれは面白そうだ!」
ティナは四本の牙を覗かせながら笑った。
しかしすぐ、表情を暗くし顔を俯かせる。
「……鬼となった私は、どうすればいい」
「そのままでいろ。この世界に悪魔・魔物・化け物の類に、“鬼”が加わったんだ。俺は破壊と滅亡の羅刹、お前は子授かりなどの夜叉。子のための世界を作る、希望の存在が必要となる」
「私への褒美――子供のまま、成長を止める呪いをまだ聞いてないぞ」
羅刹は目を瞠り、ぐわっはっは、と大きく笑った。
「子は産まれ、育ち、また子を産む。個ではなく多を、長きに渡って見守ればいいだろう」
「まさに神の世界か。考えるだけで虚しくなるな」
「長い命すべてかけても慣れぬ虚しさよ。――だが、たまには下に堕ちるのもいい」
うむ、とティナは目を細めた。
そして覚悟を決めるように、夜叉の姿となる。
「なれば、今よりティナ・ドリス・フォードは、この世界の子を守る鬼となろう」
「この世界で唯一の鬼だ。鬼の中でも初の異人の鬼だ。しっかり励め」
「うむ」
鬼となった騎士は、その場で恭しく膝を折り敷いた。
騎士である自分は捨てない。そんな意思の表れであった。
「さあて。帰って白い飯でも食うかね」
羅刹は装置の前に立つと、宝棒を大きく振りかぶる。
羅刹天は破壊と滅亡の鬼神。
鬼が最後に破壊した物は、自身をここに呼び寄せた装置。
鬼が最後にもたらした滅亡は、召喚された闘士たちだった。




