5.鬼神再臨
「ひ、ひいい……!」
選手の席まで迫られ、ブライアンは胸ぐらを掴まれ、情けない声をあげた。
「ルール違反だぞッ、プレイヤー同士でやりあうのはルール違反だぞッ!」
「ズルをするような相手に、ルールもクソもあるか」
胸ぐらを掴む手を解こうとするが、彼のヤワな手では敵うはずもない。
相手は頭に角が生えた、まさに相手の闘士と同じ様の女。ただただ恐怖の声を絞り出すしかできないでいる。
「あ、あ、相手と同じレベルになるぞ。そ、それれも騎士か、正々堂々戦う誇りはないのか!」
ティナは、はん、と鼻を鳴らして失笑した。
「騎士は飾るべき誇りの為に、教科書に従って生きるのではない! 守るべき者のためにあるのが騎士なのだ!」
ティナがいた足場から、さながら騎士母神でやんすね、と餓鬼の呑気な声がした。
「ま、それに今の私は騎士でも人でもない」
「ひ、ひぃぃぃ!? さ、触るなあっ、やめろ、ば、化け物ぉっ!?」
鋭い爪が伸びた手は、ブライアンの肥え太った頭をしっかりと掴んでいる。
「私は鬼だ」
ティナはそのまま――握り締めた頭を思い切り、タブレットがはめ込まれた台座に叩きつけていた。
◇
「流石は我が主人」
ゆっくりと戻ってくるティナに、羅刹は讃えた。
背後には、頭部が砕け飛んだブライアンの骸が一つ。頭部が砕け飛んだブライアンは、台座にもたれ掛かる恰好で、両腕をだらんと垂らす。
スタジアムは初めて出した死者に戸惑い、怯え、震えていた。
「子供たちを手をかけようとしたからだ。――と言うか、お前はいつまで無様な姿を曝すつもりだ」
言って、立ち上がろうとするタウロスを顎でしゃくった。
「あれを倒すのが、お前の役目だろうが」
「簡単に言ってくれる。こっちは初期能力のまま、相手はチートで上限突破してんだ。渡り合うだけで精一杯――ああ、聞けばトレーニングで能力アップもあるそうだな?」
「お前がタブレットを破壊するからだろうが」
「一週間近くで飽きた奴がよく言う」
羅刹は言って、怒りをたたえるタウロスを見据えた。
既にブライアンは必要なかったのだろう。その存在は未だ消える気配なく、猛る姿を見せている。
「奴を倒すなら、装備でパワーアップするしかねえなあ」
「だからそれは――」
餓鬼のいる方に目をやる。つられてティナも見た。
「餓鬼!」
「あーい、でやんす!」
ティナが居た足場に立つ餓鬼は、タブレットを操作するような動きをした。
すると羅刹の真っ赤な身体が光り、燃えさかるように輝き出す。何だ、とティナは大きくたじろいだ。
「姐さんは以前、兄貴は『鬼だ』と言ったでんすよね?」
「あ、ああ。確かに言ったが……それが何だ?」
「兄貴は普通の鬼じゃないでやんす」
「普通の鬼じゃ、ない?」
訊ねる目を向けるが、羅刹はニヤリと笑みを浮かべるだけだった。
煌々とした燃えさかる光は、次第に、肉体から溢れゆらゆらと揺れ上がる。
髪は逆立ち怒髪となり、身体はぐんぐんと大きくなってゆく。身体にはぼんやりとした輪郭が浮かぶと、それは緑を基調とした重厚かつ赤・黄色の艶やかな武具が姿を現した。
「兄貴は羅刹天――十二天に座す鬼神でやんす」
羅刹天。反芻しようとしたが、鬼女の姿となっているティナの口は乾き、舌は上手く動かせず、その言葉を口にすることはついに出来なかった。
タウロスは瞠目し、二歩、三歩と後ずさりする。
大きさはタウロスの巨体をも凌駕し、その纏いしオーラは、生ける者、死せる者すべてを畏怖させる圧倒的な気迫が溢れている。
一つ歩けばそれは地獄の足音か、逃げ惑う客席にいる人間たちすらも足を止め、自身が見下ろすことを畏れ多く感じていた。しかし言葉を失い、何も音を発することができない。
「う? うむ?」
羅刹は手を握っては開き、腋の下や背中など、何かを探し始める。
「餓鬼。武器はどうした? 剣あるだろ」
「武器を選択してるでやんすが、出てこないでやんす……」
バグでんすかねえ、と餓鬼が首を捻ったその時――
「雪女送り込んだのも奴の仕業か」
「ありゃま! 多聞天様の宝棒でやんす!」
稲妻の如く勢いでスタジアムの天井を貫く、長棒が落ちてきた。
羅刹はそれをキャッチすると、肩に掲げて腰を落とす。
「坊主に経文、鬼に金棒。――三百年ぶりの喧嘩だ、派手にやろうや!」
羅刹が砂を蹴り上げ地面を駆ける。
「ブ、ブオォォォッ!」
タウロスも太い脚で地面を蹴り、駆けた。
先に攻撃を繰り出すのはタウロス。四本の腕を巧みに操り、右に左に、上に下に、縦横無尽に獲物を振り回す。見た目は隙のない激しい攻撃であるが、知る者が見ればそれは、駄々っ子の如くヤケクソで振り回していると分かる。
そのため太刀筋はバラバラで、羅刹はいとも容易くそれを掻い潜ると、宝棒をまず横にスイング。ティナに斬られた膝を叩かれ、がくんと崩れた。
「ぐわっはっはっはっ! 姿勢が崩れてんぞォ!」
続けて座禅の警策の如く、左肩、右肩を叩く。
見た目は軽いが音は鈍く、耳を覆いたくなるような、筋肉ごと骨を砕く音がスタジアム中に響く。
タウロスの戦意は既にない。いや、羅刹の真の姿を見てから完全に喪失している。
それでもなお羅刹は手を緩めなかった。
「バッター大きく振りかぶって――」
牛頭から覗く目は虚ろで、慈悲を求める光を宿している。
正面で羅刹は野球のスイングをするかのように構え、
「ぐわっはっはっ! 満塁サヨナラ、グランドスラムだっ!」
鬼は高笑いと同時に宝棒を振り抜き、巨大な牛の頭を粉砕した。
※明日の投稿にて本筋は終了。
8/2 11時02分に最後となるエピローグを投稿し、完結となります。




