表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/43

4.怒れる夜叉女

『ファイト!』


 戦いを告げる、キャットのかけ声が下ると同時に、ティナとブライアンが動く。


「鬼の戦い、見せつけてやれ!」

「両断してやれ! タウロス!」


 タウロスの右上の腕に巨大な斧が現れたかと思うと、何とそれを軽々しく、低く鈍いうねり音をあげながら振り下ろす。

 恐ろしい速さであるが、それは大振りで見た目が派手なだけ。鬼が上半身を軽く反らせれば、鋭い刃も容易く胸の前を通り過ぎる。

 しかし――それは挨拶代わりだった。

 ブライアンが手元のタブレットを操作すれば、右下、左上、左下、四本の腕に斧や槍、大剣が握られ、縦横無尽に振り回され始めた。


「ぬ、ぬおッ!?」


 流石の羅刹も、これには躱すのが精一杯のようだ。


『ああっと、タウロスは序盤からラッシュだ! この四つの刃から逃げられた者は誰もいない、恐怖の旋風! ラセツ選手はいつまで避けられるのかー!』


 羅刹は薄く笑みを浮かべた。「なんてな」


「こんなもん、阿修羅の六本腕に比べりゃ――」

「!!」

「ヌルいわ!」


 振り下ろされる右上の斧。その柄の部分を腕で止め、同じように続けて左腕の斧を止めた。槍は間合いが遠く、剣は大きすぎて防御に回れない。羅刹は身体を旋回させながら懐へ、右回し蹴りがタウロスの脇腹に突き刺さった。

 とてつもなく鈍い音に、スタジアムは僅かな静寂を挟み、よろけた牛頭に『ウォォォォォッ』と大歓声が湧き上がった。


「は――これはただのサービスだ!」


 ブライアンは一笑に付すと、タブレットを更に操作する。

 すると、タウロスの目は真っ赤に、そして身体がメキメキと音を立て――。


「な、何!?」


 更に一回り大きく、筋肉が膨れ上がったそれに、ティナも観客も絶句していた。

 そしてそれは、羅刹が感嘆する間もなく、目にも見えない速度で左足を上げていた。


「ぐッお!?」


 先ほどのお返しだ、と言わんばかりにミドルキックが脇腹に入る。

 その勢いは凄まじく、羅刹の真っ赤な巨体は軽々と吹き飛ぶ。数メートル先の砂地に、背中から落ちた。


「お、おいッ!? 大丈夫か!?」

「も、問題ねえ、と言いたいが、問題大ありだ……!」


 ――力の桁がおかしい


 立ち上がろうとするがまともに入ったらしく、なかなか思うように動かない。

 タウロスが巨大な獲物を振り鳴らしながら近づいてきた、その時、


『ちょ、ちょっと何を――って何だこの化け物!? や、やめっ、うわあああああっ!?』


 天井のアナウンスが悲鳴と共に遠のき、馴染みのあるものへと変わった。


『――兄貴ッ大丈夫でんすか! やべえっす、やべえことが分かったでんす!』


 それは、餓鬼であった。

 やべえこと、と口を動かすとマイクの向こうで頷いたように思えた。


『そのタブレット、とんでもねえ欠陥品でんす! 解析してみれば、中の奴の性能を段階的かつ一定値までしか制御しておらず、しかもその者が経た歴史を抑える機能がない――そのせいで進化・強化し続ければ、持ち主の精神が、いや身体ごと乗っ取られかねない代物でんす!』


 スタジアムは騒然となり、タブレットを持つ者はそれを覗き込んだ。

 中には舌打ちする者もおり、見上げるタウロスもまた忌々しく口を歪めている。


『ブライアンは中枢のシステム書き換えたようでやんす! これによって制限がなくなった牛頭鬼みたいなのは、最大レベルを超え、能力値が振り切ってしまってるでやんす! ――いや、こいつだけじゃない、システムを戻していないせいで、その後にタブレットを手に入れた者たちまで同じ状態でやんす! 放射性廃棄物を素手で握ってるようなもんでやんす!』


 以前ここで強姦したグレイの闘士・ニヴェは、やはり家の再興に失敗したのだ。

 心が折れた彼女は、慰み者として快楽に溺れた。――グレイが中毒者のようになっているのは、彼女がその快楽を求め、持ち主を支配したからなのだ、と羅刹は確信した。


「いや、もしかすれば初めから、そうするようにしていたかもしれんな」


 この期に及んで、犯したくて堪らない身体だった、とあくどい笑みを浮かべる。

 しかしこれはまだ可愛い方だ。

 もし人を操る術に長けている者なら、簡単に思うまま支配出来るだろう。鬼は感心したように、真っ黒な牛を見上げた。


「なかなか、鬼も驚く野心じゃねえか」


 タウロスはニヤリと笑みを浮かべた。

 力と支配を極めた王の笑みだ。これならば、癇癪持ちで傲慢な愚か者・ブライアンなど、恰好の獲物。いとも簡単に丸め込めるに違いない。

 鬼が外に出たのなら自身も可能と踏んだのか、有力者を手中に収め、調べさせたのだろう。そしてその方法を見つけ出した。


 と、なれば。


 羅刹は振り返り、ティナを見上げた。

 彼女が鬼となったのは、自身の鬼の力が漏れ出ていたから。フィルターとなっているタブレットをぶち破り、それを最大に浴びたのが理由かもしれない。


「何を憐れむ」


 気づいたティナは冷たく言い放った。


「誕生に喜びはあっても、私に後悔なぞ何一つないぞ」

「何とも腹が据わった女よ」


 笑みを交わし合ったその時、ティナの後ろから小さな男の子・アンディが身を乗り出していた。

 隣にいたホリーが慌てて引き戻そうとするが、怒りを孕んだ語気はそれよりも早く、視線の先にいるブライアンを殴りつけていた。


「――ズルいぞ卑怯者!」


 よく通る子供の声に、スタジアムは言葉を失った。


「騎士は正々堂々、振るう剣に歪みあってはなし、だぞ!」


 アンディのそれは騎士の教えだった。

 ホリーの夫、バーナードが教えたのだろう。

 観客からの思わぬ言葉に、ブライアンは目元を震わせている。

 自分よりも小さな者に罵倒されたことが許せない、怒りに満ちた目であった。


「ぼ、ぼ、僕を卑怯者、だと……」


 わなわなと震えたのを見た瞬間、羅刹は危険を察知した。

 受けたダメージが想像以上に大きい。それでも厭わず立ち上がろうとしたその時、


「――タウロスッ、あのガキをブチ殺せッ!」


 ブオォッと、タウロスは右に構えていた斧を振り上げ、思い切りぶん投げた。

 人の大きさほどの大斧が真横に、凄まじい回転と速度で、アンディだけでなくそれを掴むホリーや他の仲間、ティナの家族がいる方向に向かってゆく。


 ――そこにいる全員が死ぬ


 直感した羅刹は無理にでも跳び上がろうとするが、もはや斧は観客席に飛び込む寸前。スタジアム全体が、あっと騒然とした空気に包まれた。

 席にいる仲間たちは、何が起こっているのかすら気付いていないようだ。

 唯一反応出来たティナの母・リアーナ、父・アレックスは近くにいた子供を抱き庇い、兄・グランドはリサに覆い被さっていた。


 しかし、それは無駄な行為だった。

 回転が止まり、斧の刃がピタりと止まっていた。 


「――何を、している?」


 斧は観客席の縁で止まっている。

 隠れて見えないが、そこから低く唸った女の声がした。


「――お前は、何を命じた?」


 斧を片手で受け止める女が一人。

 朱色のローブから覗く銀色の鎧。凛とした顔立ちに、長い金色の前髪を掻き分け、(ひたい)から鋭い角が二本飛び出した女――


「な゛ッ……なんだお前は……!?」


 斧が地響きを立てて落ちる。

 ブライアンの驚愕は、スタジアムにいる言葉を失った観客すべてを代表していた。

 それもそのはず。先ほどまで選手として、リングの中で立っていた者が、闘士と同じ“異形の存在”となっているのだ。


「何だ、とは何だ? 私はお前の対戦相手に決まっているだろう」


 鬼女――ティナはそのままスタジアムに降り立つ。

 ゆっくりとした足取りでブライアンの下に向かおうとする。それを阻もうとタウロスが斧を振り上げながら突っ込んでゆくが、


「目障りだッ!」

「ブォッ!?」


 ティナは剣を抜くと同時にタウロスの脚を斬り払い、瞬く間に背後へと回り込む。

 揺らぐタウロスは何とか踏み留まり、その場で剣を振りながら旋回するが、ティナは軽々と相手とは比べものにならない細い長剣で受け止め、何とそのまま跳ね返したのである。

 タウロスの身体は大きく開き、次の瞬間には、バックリと胸部に深い線が走っていた。


「ブオォォォォッ!?」


 噴き出す鮮血に、傷口を掻きむしるように背中から倒れゆく牛頭の巨体。

 羅刹を含め、全員が驚愕していた。


「い、いったいどうなってるんだ?」


 羅刹が洩らすと、横からやって来た小さな影が「装備でやんす」と言う。


「餓鬼か。装備っていったい何だ?」

「このゲーム、レベルアップの他に、トレーニングや装備で能力アップ出来るでやんす。大会報酬とかで配られているようでんすね」


 タブレットを操作しながら呑気に説明する餓鬼。


「あの豚はシステム改造に、チート装備で更に強化してたでんすね。まぁ姐さんはゲームキャラではないけれど、フル装備でやんす。ついでに子供にちょっかいかけたら、チート級の力発揮する鬼子母神の姐さんみたいでんすし」


 タウロスを倒したティナは、恐怖で顔を歪めるブライアンに迫っていた。


「ああ、そうか」

「あっし、以前から常々疑問に思ってたでんすが」

「何だ?」

「――兄貴、なんで鬼でやんす?」


 羅刹は薄く空気を漏らすような笑いをした。


「鬼として召喚されたからだよ」


 鬼の視線はじっと、ブライアンの胸ぐらを掴む、鬼となった主人を捉えている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ