2.暴君を止められるのは
年明けの賑やかさも落ち着きを見せたが、ボーインの娼館前の雪は踏み汚れたままになっていた。
そこに、ティナの〈プロキシ・デュアル〉の復帰を認める公式通知が届き、のし上がってくれる、と意気込みを見せていた時、ある人物より一通の手紙が送られてきた。
「貴殿からの挑戦を待つ――だと? 忌々しい!」
読むなりティナの表情は一変、手紙を破りゴミ箱に投げ捨てる。
差出人は何と、娼館を襲った首謀者・ブライアン。今や敵なしとなっている彼は、唯一黒星をつけたティナを妄執してか、リベンジマッチを申し込んできたのだ。
【奴を倒せるのは、黒星をつけたティナ・ドリス・フォードのみ】
対戦の申し入れをどこで知ったのか、時を同じくして、そのような言葉が街中で飛び交い始めた。
強すぎるがゆえに試合が面白くない。彼の高慢さが増長し、相手を侮辱、客のストレスが溜まる一方なのが理由であるらしい。そしてついには、興行主みずから頼みにくる始末である。
「慢心、傲りは苦労知らずが患う病気だ。そんなのが上に立てば、下は病み、人は去る――どの世界でも、棚ぼたで力を得たボンクラはロクなことしねえな」
「大会が盛り上がらないのは知ったことか、と言いたいが、ダラスの塔の権利を所持し、私物化・私服を肥やしかねないのはマズい」
これを止められるのは自分たちだけだろう。
その自覚が芽生えてきたそこに、餓鬼が血相を変えて駆け込んできた。
「――ヤバいでやんす! ヤバいでやんす!」
「どうした」
羅刹が訊ねると、餓鬼はタブレットを差し向けた。
「依存症と言うか、中の奴に支配された連中が急増しているようでんす! それも夏から秋にタブレットを得た者たちが殆ど。やはりこれに、何らかの不具合があるに違いないでやんす!」
「夏から秋の頃、と言うと」
羅刹はティナに目を向けた。
時期的に彼女がそれを得た頃、目を向けられ片眉を大きく持ち上げる。
「私が買ったタブレットは皆と同じ、一昨年に出たものだぞ」
「容れ物はな。しかし中身が違えばどうだ? 以前、お前の父・アレックスが言っていた――召喚担当者が殺害された時、ブライアンらがシステムに何かしたのではないか、と」
「まさか」
目を瞠るティナの横で、餓鬼はうんうんと頷く。
「ソースコードはシステムエンジニアの作品でんす。解してない奴が弄れば、絶対にチグハグに、とんでもないバグを起こすでやんす。さしづめ、チートとかその点でんすかね」
「まあそうだろうな。餓鬼、調べられるか?」
「塔の中に侵入できればやれるでやんす」
よし、と戦う意志を現す羅刹の横でティナは、そーすこーど、ちーと、と口の中で何度も繰り返し、首を捻り続けていた。
◇
ティナが対戦の申し出を受理したのは、その三日後のことである。
試合日は冬の終わり、暦では春を数える前日との通知が届く。
日程を決めたのはブライアンだろう。勝利で春を迎え、己の存在感を大きくアピールしたい魂胆だな、と羅刹とティナは推察した。
あちらこちらで大会の宣伝が織りなされている。……が、その内容はティナを貶めるものばかりで、関係者までも顔を覆いたくなるようなものばかりであった。
『選手資格を剥奪されたティナは娼館で働いていた』
事実であるこれを前に出しつつ、
『裏で貴族に股を開き、復帰の機会を得た』
などと、あることないこと、声を大きく触れ回っているのである。
そうすると、人は聞きかじった内容を埋めようと勝手に話を付け加えるため、
『男を虜にする名器持ち』
『尻穴も絶品だそうだ』
『あの化け物でしか満足できないらしい』
『孤児たちは実はあの女が産んだ子』
と、面白おかしく、好き勝手な妄言が飛び交い始めたのだ。
これはまたシスターたちにも累が及ぶ。それは口にするのも憚られるようなものばかりで、外を歩けないほど酷い噂が飛び交う。……しかし彼女らは堂々と、自由に外を歩き続けた。
当然、心ない言葉を投げかける者がいたものの、彼女らは彼らに、
『噂が事実であれば表を歩けないでしょう』
『神の教えに背いた身ですが、心の中の神まで背いたつもりはありません』
『恥ずべき行為とは、どのようなものでしょうか』
毅然とした態度で答え続けた。
思えば彼女らは娼婦とは言えシスターだ。噂話の吹聴は、神に唾を吐きかける畏れ多い行為ではないかと震え、口を噤み、面を俯かせて己の言動を恥じる。
これに伴って、ティナの誹謗中傷も口にする者がいなくなってゆくのだが――
「フランの街ごと、滅ぼしてくれるわ!」
「お前は己の言動を恥じろ」
噂を知ってから二週間。
扇動したのはフランの街のゴロツキであると分かってからと言うもの、ティナの角は引っ込むことを知らず、日に日にその怒りは増し増してゆく。
「シスターらはお前のためにしたのだ。今出向けば、あいつらの決意が無駄になる」
「う……だ、だが、あのようなことを言われ、お前は腹が立たないのか!」
「腹が立つどころか、逆に楽しみだ」
「楽しみ?」
「こっち地獄は知らないが、妄語には結構厳しい沙汰がある。餓鬼道に堕ちればいい方だろうよ」
ティナはこれに双眸を開き、ああ、口元を歪めた。
「それを早く言え。餓鬼になるのなら、この私がこき使ってくれる」
「鬼らしくなってきたじゃないか」
「人も鬼となるからな」
ぐわっはっは、と高笑いする羅刹に、ティナも四本の牙を覗かせながら大きく笑い続けた。
※キリのいい場所がなかったため、今回は短めです




