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1.タブレットの謎

「だっっさ」


 フォード家の中。

 ティナは頭に角を生やし、湯船の中で震える羅刹に吐き捨てる。その目は鋭く蔑みに満ちていた。


「こ、ここ、ここまで根に持つ、ととは……」

「雪穴を棒で突いたら鬼が出た――やっぱ雪女ヤリ捨てはマズかったでやんす。夏山が冬山になった時に、投降すべきだったのでは……」


 熱湯をかける餓鬼に、あの時は怒りの絶頂だった、と首を振る。

 娼館から移ってきた子供たちが離れて覗き込み、邪魔をしてはならないとリアーナが部屋へと追い返す。


「お母様は子供たちに元気を貰っているようだ」


 ティナがそう評した通り、リアーナはいくらか若返っているように見受けられた。

 一時は半狂乱に暴れ回ったティナも、今では子の成長を喜ぶ母のような、穏やかな顔つきとなっている。

 ここには慣れ親しんだリサもいる。それに格式も現状より上でもおかしくない家であるため、他よりも優れた教育を受けられるに違いない。

 目を細めるティナの(ひたい)から角が引っ込んでいた。


「だが、クローディア嬢がまるで覚えていない、と言うのはどういうことだ」


 どうしてスタジアムにいるのかだけでなく、今は冬の何日かすらも覚えていなかった。

 かろうじて記憶にあるのは、晩秋にタブレットを購入し、ダロスの塔へ赴いたことだけ。彼女の父母に訊ねてみれば、雰囲気が少し違っていた、と言う。

 それは物腰に艶めかしさが加わり、結婚話が舞い込むほどだった、とのことである。


「あっし、あのタブレットに何かある気がするでやんす」


 餓鬼はそう言ってタブレットに目を向けると、羅刹とティナが声を揃えた。


「何かとはなんだ?」

「ここに転生してきた時、何人か廃プレイしている奴に憑いて覗いていたでやんす。すると連中、ソシャゲどっぷりの奴とは何か違う、支配されているようなのめり込み方をしていたでやんす。そしてその後、そいつらは犯罪おかして御用に」

「言っていることがまるで分からない」


 餓鬼の言葉に眉を寄せるティナ。

 羅刹はこれに、依存と洗脳の違いだ、と説明した。


「そう言えば、あの冷たい女も『操って堪忍』と言っていたが、それが洗脳か?」


 それならばクローディア嬢の記憶が抜けていることも納得がゆく、とティナは頷きながら言う。


「姐さんが鬼病にかかったのも、それが原因かもしれやせん。いくら兄貴とは言え、いくら姐さんがショタっ子のちっこいのチュパチュパしていたとは言え、それで鬼化するとは――」

「指、十本くらい折るぞ?」

「全部でんすか!?」


 ティナに再び角が現れていた。

 涙目で謝罪しても許されない餓鬼をよそに、羅刹は唸った。


(言われてみれば、グレイも異様なほどタブレットの中の者に執着しているんだったか)


 伝承や物語など、その数だけ人はいる。

 様々な世界線から咎人が喚ばれていても、全員が“現在”を生きている者とは限らない。

 もしかすれば、グレイの闘士・ニヴェは“過去”ではないか。

 召喚された時は、お家再興のために咎人になった時点の。彼女の未来は再興に失敗し、そこで性奴隷に堕ちたか、心が折れて姦淫に耽ったのではないか。


「まさか、タブレットが“中毒”のような何かを発しているのか?」

「タブレットが……?」


 七本目を折った所で、ティナはその手を止めた。


「何かしらの段階があるのかもしれん。やり込むほどに、中の奴が自分を思い出してゆく、もしくは経歴を追う。それに伴ってプレイヤーが支配されてゆく、と言ったものが」

「あひぃッ……た、多分、進化みたいなシステムが、あれば、そこでバグが生じてるのかも、でやんす……」


 進化、とティナは顎に手をやって思い出す。

 その横で、餓鬼の指はゆっくりと治っていった。


「一定数の勝利を収めれば、ダロスの塔で闘士が“成長”と言う形で強化されるな。身体が大きくなったり、身なりが変わったり」


 なるほど、と羅刹。


「成長が時間の経過、すなわち中の奴の歴史を追う、と考えられるか」

「しかもそれ咎人でやんしょ? 看守がアホだと、丸め込まれて牢屋の鍵を渡ししまうのに、個人の手元に預けるとか危険極まりない行為でやんす」


 餓鬼はそこで、鬼のように恐ろしい目で睨むティナに気付いた。


「誰が、アホだって?」

「い、いや、それは総括しての話で、兄貴を外に出した姐さんが特別アホと言うわけでは――ぎゃひいいいっ!?」


 今度は腕の骨から折られてゆく餓鬼を無視して、羅刹はこの召喚システムのおかしさに首を捻るばかりであった。


 ◇


 雪に覆われたライコーンの商区は、新年初日から賑わいを見せる。

 ミズーラ域も同様に人で賑わうのだが、今年は少し変わった賑わい方をしていた。


「商魂たくましくなったな」

「恐らく娼館はもう長くないでしょうからね」


 ボーインは年明けから一週間限定で、娼館を一般公開したのである。

 老若男女、訪れるのは娼館とは縁遠い者たちばかり。部屋に男女の喘ぎはなく、代わりに感嘆の息を漏れ続けている。

 これが反響を呼んだ。滅多に足を踏み入れられない場所、特に女の最終選択でもある。そのため悲喜こもごもな声をあげながら、中の様子を焼き付けるように眺めてゆく女も多く見受けられた。

 中のそれも一工夫されており、実際の娼婦が案内したり、修道服を着せた人形を部屋に置き、彼女らがどのようにして男に奉仕していたかが再現されている。


『これは何と……』


 またある部屋には、淫靡な姿を描き続けた絵描きの作品が並べられいる。

 パトロンでもある彼女を描いた絵は、誰もが生唾を呑み込むほど艶かしく淫ら、されど美しく。

 男のみならず、女までも長く足を止めてしまうものだった。


『か、金貯めて絶対ここに来よう!』

『いいけど、ここに残ってる娼婦は案内してるのばかりだよ』


 案内するミランダは、シスターのほぼ全員が貴族に身請けされていると話すと、現実を目の当たりにした男たちが肩を落とす。――女はと言えば、玉の輿に乗るチャンスがあるかもしれないと、胸に野望を抱く。

 そんなことなので、そこに当のシスター本人が訪れれば、大いにどよめきが起こった。

 しかし当然、夫らしき者が一緒である。男がわざといじわるな質問をし、女が恥ずかしがるその光景を見せつけられた男たちは、沸き立つ殺意をぐっと堪えるしかない。


「ホリーとバーナードは、夜道気をつけるべきだな」

「あの二人は素ですからね……」


 ことこの夫婦は、聞くこと話すことすべてが、独り身の男たちの神経を逆撫でする。


「似たようなのは、リサとティナの兄か」


 二人は睦み合いは奥ゆかしく。それは年明け早々、


『我慢ならぬ!』


 妹・ティナが、娼館に戻ってきたほどである。

 親たちもいつ挙式か、孫はいつかと鼻息を荒くしているのもあるだろう。娘に子授かりのご利益があると知ってか、母・リアーナはどうしても期待してしまうようだ。


「ところで……餓鬼様より、羅刹殿は地獄の獄卒だったと聞き及んでいますが」

「おしゃべりな奴め」

「……女を食い物にしてきた私も、地獄に堕ちるのでしょうか」

「それは閻魔次第、と言いたいが、俺はこの世界の地獄を知らん」


 え、とボーインは驚いた顔をした。


「地獄は同じではないんですか?」

「違うよ。本国に戻れない死者の魂を“異域之鬼”っつーんだが、俺の所は在日外国人が増えたおかげで、閻魔帳ではなく英単語帳を見ながら違うことを告げるようにもなった、日本の地獄だ。案内役どころか三途の川の渡し舟の奴は二カ国語必須、と世知辛くなっている」

「……かなり、しっかりされているのですね。まとめて業火で焼くものかと」

「ルールが厳しいが故に地獄。されど、ルールがないことは天国か。学びを放棄した者が集いし現世、彼らは無法を“楽園”と呼ぶ」


 鬼はこれを笑う、と羅刹は悪辣な笑みを浮かべた。

 一方で、ボーインはよく分からないと言った様子である。


「人は必ず地獄に堕ちる。大事なのはそこから、この世でどれだけ宥恕(ゆうじょ)される行動をしたかが大事なのだ」

宥恕(ゆうじょ):寛大な心で許すこと。見のがしてやること


(Weblio辞書より)

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